関西学院大学 理学部化学科 重藤研究室

研究内容

 重藤研究室では、豊富な分子情報を与えてくれる振動分光法(ラマン分光法、赤外分光法)に基づいたアプローチを駆使して、現在つぎのような研究テーマに取り組んでいます。

  • バイオフィルム中の微生物間相互作用と不均一性
  • ラマン細胞温度計の開発と応用
  • チップ増強ラマン散乱を用いたメンブレンベシクルのナノスケール化学分析
  • モデルペプチドのアミロイド線維における分子間相互作用および線維形成機構
  • ナノ制限空間内の水の水素結合構造
  • 有機無機ハイブリッドペロブスカイトの外部電場効果
  • イオン液体および深共晶溶媒の液体構造

 以下で、主な研究内容について簡単に解説します。

集団微生物を観る

バイオフィルムのイメージ図
図1.バイオフィルムのイメージ図。
流しや風呂場の「ぬめり」はバイオフィルムの最も身近な例の一つ。

 微生物は私たち人類にとって非常に重要な生き物です。腸内細菌は私たちの健康に大きく影響していますし、チーズやヨーグルト、納豆などの発酵食品はすべて微生物の力を借りて作られています。排水処理や環境浄化でも微生物を積極的に利用しています。一方で、細菌による感染症が重大な健康被害を引き起こすなど、微生物は私たちにとって有害な側面も持っています。したがって、微生物の働きを理解し制御することは、学問として大変興味深いだけでなく、社会的にも大きなインパクトをもたらすと考えられます。
 微生物を理解するうえで重要なのは、地球上の微生物の約9割が集団を形成して生きているという点です。私たちは乳酸菌(Lactobacillus plantarum)、脱窒細菌(Paracoccus denitrificans)、金属腐食細菌などを用いて、集団微生物が表面・界面に形成する構造体(バイオフィルム)の非破壊分子レベル解析を行っています。私たちが開発した安定同位体標識ラマンイメージングやチップ増強ラマン散乱などの先進的な計測技術を用いることにより、バイオフィルム中の様々な代謝産物の空間分布や代謝速度の観点から集団微生物の相互作用と不均一性を明らかにし、微生物が織りなす「社会」の仕組みを解き明かしたいと考えています。

安定同位体(13C)標識ラマン分光の原理

図2.安定同位体(13C)標識ラマン分光の原理(a)、および分裂酵母細胞への応用例(b)。

[H. N. Noothalapati Venkata, S. Shigeto, Chem. Biol. 19, 1373 (2012)]

1細胞を観る

 生命の最小単位である細胞を分子レベルで明らかにすることは、生命の本質を理解するための大きな鍵となります。従来の生化学的な手法では多数の細胞について平均化された分子情報しか得ることができませんでした。また、タンパク質などの目的とする生体分子を光らせて、その分布や挙動を顕微鏡観察する蛍光法では、蛍光標識した分子しか見ることができないという弱点があります。顕微ラマン分光法を用いると、細胞内のラマンスペクトルを数百ナノメートルの空間分解能で、かつ細胞が生きたままの状態(in vivo)で計測することが可能です。そのラマンスペクトルから得られる生体分子の濃度分布や時間変化に関する情報に基づいて、細胞のがん化や老化と密接な関係がある細胞分裂や代謝の過程を分子レベルで研究することができます。私たちは交互最小二乗-多変量波形分解(ALS-MCR)を用いた解析により、細胞内に存在する様々な生体分子ごとのラマンスペクトルを分離・抽出し、その成分の分布を可視化する研究を行っています。また、プローブの導入を必要とすることなく細胞内の局所温度を計測することができる「ラマン細胞温度計」の開発にも挑戦しています。

大腸がんHCT116細胞のALS-MCRラマンイメージング

図3.大腸がんHCT116細胞のALS-MCRラマンイメージング。脂質、タンパク質、自家蛍光成分のラマンスペクトルがきれいに分離されている。

[J.-F. Hsu, P.-Y. Hsieh, H.-Y. Hsu, S. Shigeto, Sci. Rep. 5, 17541 (2015)]

分子の電場応答を観る

 外部から電場を印加したときの分子の応答を赤外吸光度変化 ΔAとして検出し解析することで、液体・溶液・結晶中の分子の構造や周囲との相互作用を明らかにすることができます。私たちは現在、超高感度な電場変調赤外分光装置を用いて、ナノメートルサイズの空間に閉じ込められた水の赤外スペクトルの外部電場効果を調べ、この特異な環境にある水の水素結合構造に関する新しい知見を得るための研究を展開しています。ナノ制限空間中の水の外部電場効果の研究は、細胞膜の水チャンネルや電極表面近傍の水と密接な関連があるため非常に重要です。本研究では、ナノ制限空間中の水のモデル系として、1,4-ジオキサンと混合させた水および逆ミセル中の水を用いています。
 また同手法を、次世代太陽電池として注目されているペロブスカイト太陽電池の光吸収材料である有機無機ハイブリッドペロブスカイトCH3NH3PbX3(X = Cl, Br, and/or I)薄膜に応用し、有機カチオンの外部電場効果を研究しています。有機カチオンCH3NH3+が有機無機ハイブリッドペロブスカイトの光起電力過程に果たす役割はまだよくわかっていない部分が多く、ペロブスカイト太陽電池のエネルギー変換効率や安定性をさらに向上させるうえでの障害となっています。私たちは電場変調赤外分光法によるアプローチを用いて、基礎科学の面からこの問題の解決に貢献することを目指しています。

電場変調赤外分光を用いた研究の主なターゲット

図4.電場変調赤外分光を用いた研究の主なターゲット。

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