研究内容

(1)宇宙背景放射の観測

宇宙再電離の謎と宇宙最初の星々

宇宙が始まった138億年前の高温・高密度のプラズマ(*注1)は、宇宙の膨張にしたがって冷え38万年後には電気的に中性な水素原子になりました。現在の宇宙は再びプラズマで占められており、その発端は130億年以上前の「宇宙再電離期」にまでさかのぼることがわかってきました。

宇宙再電離の原因は未解決問題です。多くの研究者は、宇宙で最初に生まれた星々やそれらの超新星残骸ブラックホールが発する紫外線が原因(*注2)と考えています。私が現在取組んでいるのは、このような初期天体を探し出すことです。

宇宙初期を見る強力ツール「赤外線」と「宇宙背景放射」

宇宙再電離期の紫外線は、宇宙膨張により波長が10倍以上のびた赤外線として観測されるはずです。しかし、超遠方にある星々は個別には極めて暗く、地上最大の望遠鏡でも捉えることは不可能です。その一方で、星々からの赤外線をまとめて天空に広がった「宇宙背景放射」として観測してやれば、小さな望遠鏡でも捉えられるのです。ただし、地球大気は夜でもまぶしいくらいに赤外線で光るので、宇宙背景放射の観測には大気圏外に出なければなりません。

ロケットで謎の解明に挑む

ひとつの試みが「ロケット実験CIBER」です。海外の共同研究者らと小さな赤外線望遠鏡を開発しNASAのロケットにのせて打上げ観測するもので、2013年までに4回の打上げを成功させました。

すでに存在がわかっている宇宙背景放射は、あらゆる銀河の光を足し合わせたものです。これに宇宙最初の星明かりが加われば、予測よりも大きな測定信号が出るはずです。驚くべきことに、CIBERのデータにはそのような余分な放射が見えていたのです!

将来への研究展開

結果的には、CIBERで発見した放射の多くは銀河間空間に浮遊する星々によるものと結論しましたが、最終結論にはもっと精密な測定が必要です。浮遊星の成分を見極めて分離すれば、ついに宇宙最初の星がしっぽを出すに違いありません。現在、そのような新実験にむけて装置を開発しているところです。新たなロケット実験CIBER-2や、木星軌道より遠方の宇宙へと向かう将来の惑星探査機「ソーラー電力セイル(宇宙ヨット)」がそれです。

赤外線の宇宙背景放射で拓く新たな物理学

宇宙事象に照らし物理法則の「ほころび」を見つけるのも宇宙物理学の役割です。近年の研究では、宇宙には光と相互作用する普通の物質は全体の5%しかなく、残りは光と相互作用しない未知の粒子「ダークマター」と万有斥力を示す不可解な「ダークエネルギー」からなるとされています。これは途方もない結論です。私たちは宇宙の構成物の実体をほとんど何も知らないと言っているのですから!

地上の物理学になかった相手を目の前にした今、新しいタイプの宇宙実験を重ねてゆくことが重要です。宇宙赤外線背景放射はそのひとつです。宇宙初期から物質を飲み込んで成長しつづけるブラックホールの観測も、極限環境の物理や銀河進化を研究するうえで重要です。超高エネルギー宇宙ガンマ線と宇宙背景放射の衝突過程や宇宙背景ニュートリノの崩壊光子を赤外線で捉える実験など、新たな計画も立ち上げています。

*注1:電気的に中性な物質が正負の電荷をもつ粒子にバラバラになった状態。ここでは水素原子が陽子と電子とに分離した状態をさす。

*注2:水素原子に一定以上の光子エネルギーをもつ紫外線を照射すると、電離され陽子と電子のプラズマ状態になる。

(2)赤外線銀河の観測

赤外線銀河とは

現在、多くの銀河の中心には太陽の100万倍から10億倍の質量をもつ巨大なブラックホールが存在することがわかっています。巨大ブラックホールに周辺の物質が落下すると、重力エネルギーの解放によって物質が超高温に熱せられX線で輝く活動銀河核(AGN: Active Galactic Nuclei)となります。AGNは、さらに中心から離れたところにあるガスやダストを励起して、明るい電離ガス輝線やダスト熱放射を生み出します。AGNの最たるものが太陽の1兆倍もの明るさをもつ宇宙最大光度の天体「クェーサー」であり、巨大ブラックホールの格好の研究対象となっています。

クェーサーはX線~可視光で輝く青い天体ですが、これと同等の明るさをもち赤外線のみで輝く天体が赤外線天文衛星IRAS(1984年打上げ)により発見されました。これが大光度赤外線銀河(ULIRG: Ultra-Luminous InfraRed Galaxy)です。ULIRGは、爆発的な星の形成やAGNによる強力な紫外線や可視光が周辺の星間ダストを数10から数100Kまであたため、その熱放射として赤外線を出すものと考えられています。ダストによる吸収のため紫外線や可視の光度はさほど高くないケースでは透過力の高い赤外線で輝くのです。いつしかガスやダストが光や爆風により吹き払われると、生身のAGNが現れクェーサーになると推察されています。ULIRGより規模が小さいものの赤外線で明るい銀河は総称して「赤外線銀河」と呼ばれます。

赤外線銀河と銀河進化史

巨大ブラックホールをもつ銀河たちは、いつどのようにして生まれたのでしょうか?その解明のカギは赤外線銀河が握っているかもしれません。というのは、赤外線銀河は宇宙の歴史を昔にさかのぼるほど発見される数が増え、およそ100億年ほど前(赤方偏移1~3)にはほとんどの銀河は赤外線で輝いていたことが、赤外線天文衛星Spitzerや「あかり」によって明らかにされました。つまり、現代の銀河は昔は赤外線銀河だったということです。上に述べたように、特に明るい赤外線銀河はクェーサーの元の姿だったかもしれません。赤外線銀河の性質を良く調べることは、銀河進化やブラックホールが成長する歴史を調べることにほかなりません。先に述べた宇宙初期に最初の星から生まれた比較的小さな原始のブラックホールが成長し、やがて巨大ブラックホールへと成長をとげるまでの過程を解明することは、たいへん魅力的な研究テーマなのです。

衛星と地上望遠鏡による多波長観測

「あかり」衛星は、全天で10万個以上の赤外線天体を捉えました。その天体の多くは赤外線銀河であり、この観測データを使って上に述べたような銀河進化の歴史を調べることができます。しかし、「あかり」による赤外線データでは大まかな放射スペクトルの形がわかるのですが、星間ガスの温度や密度などの物理情報をもつ輝線などの細かいスペクトルはわかりません。そこで、大気の影響が少ない可視光では感度が高い地上の望遠鏡を使って細かいスペクトルを調べ、「あかり」の赤外線データとあわせて研究することが重要です。また、関学の電波・X線観測グループとも協力し、様々なエネルギーレンジにあるAGNやULIRGの現象を多波長で観測することを目指しています。

私たちは、銀河観測により銀河の進化そのものの研究をすすめるとともに、クェーサーやのような遠方の明るい銀河を背景としてその手前にある銀河間物質の吸収スペクトルにより物理状態を調べる研究も重要です。銀河間ガスは宇宙初期の銀河形成から取り残されたガスであり、それそのものも宇宙進化の研究に重要な情報をもっているからです。また、銀河間ガスは宇宙背景放射の光子と相互作用することで宇宙背景放射のスペクトル情報を提供してくれます。

遠方から来る超高エネルギーガンマ線は途中の銀河間空間で背景放射光子と電子・陽電子の対生成を起こすことから、超高エネルギーガンマ線を出す特殊なAGN(Blazer)の観測もまた宇宙背景放射の強さを間接的に測定する手段として研究が進められています。これらの観測データを私たちの宇宙背景放射の直接観測と比較する研究は重要であり、ガンマ線衛星や地上から大気チェレンコフ光を計測するガンマ線望遠鏡などのプロジェクトとも協力を進めてゆきます。