3年生のみなさんの中には、これから始まる研究室生活を楽しみにしている人もいれば、「正直ちょっと面倒そうだな」と感じている人もいると思います。また、「自分のやりたい研究」が明確にある人もいれば、「特に決まっていない」「何をやりたいのかまだよくわからない」という人もいるでしょう。中には、「やりたくもないことをやらされるのでは」と不安に思っている人もいるかもしれません。ここでは、私が「研究室生活はこうあってほしい」と考えていることを伝えるために、少しだけ私自身の昔話をさせてください。
大学3年生のときの私は、「研究室が楽しみ」と思っていた一方で、「特にやりたいことは決まっていない」学生でした。仮配属のときは、なんとなく「せっかく研究をするならマウスの手術をしてみたい」と思い、動物実験ができる研究室を志望しました。志望した研究室ではマウスを使う研究のほかに培養細胞を使う研究も行っていたので、私は「マウスの手術がしたいです」と指導教官に伝えました。ところが実際に渡されたテーマは、マウスを使わない「培養細胞の研究」でした。
残念な気持ちで、4年生の卒業研究を始めたことを覚えています。しかし、せっかく与えられたテーマだったので、きちんと勉強しながら取り組もうと思いました。単調な実験を繰り返す毎日でしたが、半年ほど経つと少しずつデータが積み重なり、この世の誰も知らない自然の仕組みを、自分の手で少しずつ明らかにできるようになってきました。その頃、隣で動物実験をしていた同級生は、複雑な手技に苦戦してなかなか結果が出ず、苦労している様子でした。せっかちな私には、培養細胞の実験のテンポの良さが合っていたようで、「あのときこのテーマをもらってよかった」と思うようになりました。
それから私は、細胞を使った研究がどんどん好きになっていきました。培養細胞の実験はシンプルで、薬をかけたり遺伝子を操作したり、さまざまな実験が柔軟にできるところが魅力です。大学院に進学してからは、4年生のテーマに加えて新しいテーマにも挑戦しました。新しいテーマは難しく、失敗も多く、途中で方向転換することもありましたが、修士1年の終わりに「何でもいいから、自分で考えてやってみて」と言われ、自分で探索実験を進めたことが大きな転機になりました。結果として、修士の終わりまでに2つの研究テーマで結論を出すことができ、そこから博士課程では温度知覚分子、留学中はミトコンドリア、助教時代は生物時計について、ずっと「細胞」とともに研究を続けてきました。
今でも、動物の実験に興味はありますし、私の研究室でも一部、動物を使った実験をやっています。しかし、もし過去に戻ってテーマを選び直せるとしても、私は同じ道を選ぶと思います。なぜなら、細胞レベルの研究の奥深さを知り、その面白さに惹かれてきたからです。
「やりたいことを仕事にする」という考え方があります。最近では、自分で起業したりフリーランスとして、やりたいことでお金を稼ぎ生きている人が増えているのも事実です。しかし、この考え方には2つ、落とし穴があります。ひとつは、必ずしも全ての人が、やりたいことで成功できるわけではないということ。そしてもう一つが、いま「やりたいこと」が、本当に人生をかけてやりたいことかはわからない、ということです。だから私は、自分のやりたいことに自分が気付くためには、与えられたことも含めて、何事にも真摯に取り組む癖をつけることが、皆さんの今後の人生にとって大事なのではないかと、思っています。
研究室生活の、特に4年生の間の研究は、多くの皆さんにとって「やりたいこと」ではないかもしれません。しかし、最初から心の底からやりたいことに出会える人は、実はそう多くありません。大切なのは、「せっかくやるなら、ちゃんと向き合ってみよう」と思えるかどうかです。そうして一つのテーマに真剣に取り組むうちに、自分でも気づかなかった興味や得意なことがが見えくるのではないかと私は思います。
学生として参加する研究は、単にデータを出す作業ではなく、自分自身を知るプロセスでもあると思います。どう考え、どう工夫し、何を感じるか——それこそが、本当の学びです。来年度4年生のみなさんには、4年生の1年間を通して、自分の中にある“自分を成長させる力”を見つけてほしいと思います。そして、いつか「この経験があってよかった」と心から思えるような時間を、私の研究室で過ごして欲しいと思っています。
更新日:2025.10.10