私たちの身の回りに存在する材料やデバイスは、内部で起こる化学反応や物質移動によって機能を発現しています。しかし、その多くは材料内部で不均一に進行しており、平均的な分析だけでは本質的な理解が困難です。また、期待された性能が十分に発揮されない原因や、長期間の使用による性能低下のメカニズムも十分には明らかになっていません。
松井研究室では、「なぜ機能するのか」「なぜ機能しなくなるのか」を解明するため、大型放射光施設の高輝度X線を利用したX線分光・イメージング技術の開発と応用に取り組んでいます。特に、物質内部で起こる化学状態変化や物質移動を、非破壊・その場・時間分解・空間分解で可視化することを目指しています。

多くの材料機能は、ガス吸着、電気化学反応、触媒反応、接着・剥離などの非平衡状態において発現します。また、これらの現象は一度しか起こらない非繰り返し過程であることも少なくありません。そのため、反応前後の状態を比較するだけや、計測のために試料を破壊してしまっては、機能発現や劣化の本質的なメカニズムを理解することは困難です。
当研究室では、実際に機能が発現している環境を再現しながら、材料内部で進行する化学状態変化や物質移動をその場観察するためのオペランド・その場計測手法の開発に取り組んでいます。研究室で行う触媒反応、ガス吸着、電気化学反応、力学試験などを大型放射光施設でのX線分光・イメージング計測に対応させるため、専用セルや計測システムの開発を進めています。
材料の機能発現や劣化は、しばしば材料内部で不均一に進行します。しかし、一般的なX線計測では試料厚み方向の情報が重なって観測されるため、その空間分布を把握することは困難です。
XAFS-CTイメージングは、XAFS分光法とX線コンピュータトモグラフィー(CT)を組み合わせることで、元素分布や化学状態分布を三次元的に可視化する手法です。本手法は国際的にも当研究グループが開発を主導してきた技術であり、取得したXAFSスペクトル情報とトモグラフィー再構成を組み合わせることで、材料内部の元素および化学状態を三次元空間上で可視化することができます。
材料中に微量に存在する元素は、透過法では十分な信号が得られない場合があります。そのため、微量元素の化学状態や反応分布を高感度に可視化するための走査型蛍光XAFSイメージングを開発しています。
本手法では、Kirkpatrick–Baezミラーによって集光したX線ビームを試料表面上で走査し、試料の各場所から放出される蛍光X線を検出することで画像データ化します。さらに、元素のX線吸収端近傍で同様の計測を繰り返すことで、二次元XAFSイメージングデータとし、元素・化学状態分布に変換することができます。高い空間分解能と感度を有する一方で、測定には数時間から数日を要します。
実際の材料機能は、吸着、拡散、反応、劣化などの動的な過程によって発現します。そのため、空間情報だけでなく時間変化を捉えることも重要です。
当研究室では、あらかじめ取得したXAFSスペクトルから物質量や化学状態変化を最も敏感に反映するエネルギーを選定し、そのエネルギーにおいて連続的なイメージングを行うことで時間分解計測を実現しています。XAFSスペクトルではエネルギーごとに異なる化学情報が得られるため、その特性を利用することで、材料空間における物質の移動や化学状態の変化を時間・空間の両軸で追跡することが可能となります。
当研究室では、理化学研究所・大阪大学と連携し、大型放射光施設SPring-8において、非球面X線全反射ミラー(Advanced Kirkpatrick–Baez: AKBミラー)を利用した高倍率結像XAFSイメージング技術の開発に取り組んでいます。AKBミラーは全反射光学系であるため、従来までの回折型光学素子とは異なり、XAFS測定に伴う広いエネルギー範囲の掃引においても結像位置や像倍率が変化しません。そのため、測定中の焦点位置調整を必要とせず、同一視野・同一倍率で、高速かつ高精度なXAFSスペクトルイメージングを実現することができます。
さらに材料全体の挙動を観察する投影型X線イメージングと組み合わせることで、ミリメートルスケールからナノメートルスケールまでの空間情報を連続的接続するマルチスケールXAFSイメージングを可能にします。これにより、材料内部で生じる不均一反応や局所的な化学状態変化を、全体像と関連付けながら解析することができます。

固体高分子形燃料電池(PEFC)は、水素と酸素から電気を取り出す高効率なエネルギー変換デバイスであり、燃料電池自動車や大型輸送機などへの社会実装が進められています。一方で、水素エネルギー社会の実現に向けては、さらなる耐久性向上、低コスト化が求められており、材料およびシステムの改良が重要な課題となっています。
近年、実際に運用されている燃料電池システムから多くのデータが蓄積される中で、長期使用に伴う性能低下や触媒被毒、運転前に必須のコンディショニングプロセスなど、実用化に向けて解決すべき様々な課題が明らかになってきました。しかし、これらの現象は燃料電池を構成する様々な材料や製造プロセスが関与し、内部で局所的かつ不均一に進行するため、その発生原因や進行メカニズムは十分には理解されていません。
当研究室では、X線分光イメージング技術を用いて、稼働中の燃料電池内部で生じる化学状態変化を非破壊・その場で可視化する研究を進めています。特に、劣化、被毒、コンディショニングといった実機で問題となる現象を再現し、その発生位置や進行過程を時間・空間分解して観察することで、性能低下の本質的な原因の解明を目指しています。


固体触媒は、エネルギー変換や環境浄化、化学品製造を支える重要な材料です。しかし、その機能は単純な表面反応だけで決まるものではなく、ミリ・センチメートルスケールの触媒粒子やペレットから、ナノメートルスケールの細孔構造、さらには原子レベルの活性点に至るまで、多様な階層構造によって支配されています。そのため、実際にどこで反応が起こり、どのような因子が触媒性能を決定しているのかは十分に理解されていません。
特に反応中の触媒では、活性金属種の化学状態や分布が刻々と変化するだけでなく、担体やバルク構造そのものが変化する場合もあります。さらに、これらの変化は非平衡状態でのみ進行し、時間的・空間的に不均一であることから、従来の平均的な分析手法だけではその実態を捉えることが困難でした。
当研究室では、XAFS分光イメージング技術を用いて、反応中の触媒内部で生じる化学状態変化や物質移動を非破壊・その場で可視化する研究を進めています。触媒粒子全体の挙動から局所的な活性点近傍の反応までを多階層的に観察することで、真に触媒機能を支配する因子の解明を目指しています。
現在は、燃料電池用触媒、自動車排ガス浄化触媒、金属担持ゼオライト触媒などを対象として、触媒の活性発現機構や劣化機構の理解、および高性能触媒設計のための指針構築に取り組んでいます。


金属有機構造体(Metal–Organic Frameworks: MOFs)は、金属イオンと有機配位子から構築される多孔性結晶材料です。極めて大きな比表面積と高い構造設計性を有することから、ガス貯蔵、ガス分離、触媒、エネルギー貯蔵など幅広い分野への応用が期待されています。
MOFの吸着機能の理解は、これまで主にX線回折法を用いた結晶構造解析や理論計算によって発展してきました。一方で、実際のガス吸着過程において、ガス分子が結晶内部へどのように侵入し、どのような経路で拡散するのか、結晶相転移や構造変化がどのように進行するのか、さらには結晶ごとの吸着機能の違いや空間的不均一性がどのように生じるのかなど、MOFの機能発現を理解するうえで未解明な課題も数多く残されています。
特に実際の吸着現象は、結晶内部の局所構造、欠陥、結晶形状、結晶方位、さらには吸着分子との相互作用によって大きく影響を受けると考えられています。しかし、その多くは結晶全体の平均情報からは捉えることが難しく、ガス吸着・拡散・構造変化が空間的・時間的にどのように進行するのかについては十分な理解に至っていません。
当研究室では、X線分光イメージング技術を用いて、MOF結晶内部で進行するガス吸着、拡散、構造変化を非破壊かつその場で可視化する研究を行っています。時間・圧力・温度・ガス組成とともに変化する吸着分布や化学状態変化を直接観察することで、従来の構造解析だけでは得ることのできなかった吸着機構や輸送現象の理解を目指しています。

J. Am. Chem. Soc. 2024, 146, 13, 9181-9190. https://pubs.acs.org/doi/10.1021/jacs.3c14778

ゴムと金属の接着技術は、自動車用タイヤをはじめとする様々な工業製品に利用されています。特にタイヤ内部では、ゴムとスチールコードの接着が安全性や耐久性を支える重要な役割を果たしており、その性能は製品寿命に大きく影響します。
一方で、接着界面は材料内部に埋め込まれているため、接着がどのように形成され、どのような過程を経て劣化・剥離に至るのかを直接観察することは容易ではありません。これまでの研究では、接着試験前後の試料解析から接着メカニズムが議論されてきましたが、実際の接着界面で進行する化学反応や構造変化をその場で観察することは困難でした。
当研究室では、X線分光イメージング技術を用いて、ゴム−金属接着界面で進行する化学反応を非破壊かつその場で可視化する研究を行っています。特に、接着形成時に生じる硫化反応や金属表面の化学状態変化、さらには湿熱環境下で進行する接着劣化反応を空間的・時間的に解析することで、接着性能を支配する本質的な因子の解明を目指しています。

Communications Materials 2023, 4, 88. https://www.nature.com/articles/s43246-023-00413-z

材料が持つ機能は、その化学構造や組成だけで決まるものではありません。実際の使用環境では、材料は引張、圧縮、曲げ、せん断など様々な力学的負荷を受けており、内部で生じる化学反応や物質移動が、強度、耐久性、破壊挙動といった材料特性に大きな影響を与えています。しかし、材料内部で生じる化学反応と力学応答がどのように結び付き、最終的な機能発現や破壊につながるのかについては、未だ十分に理解されていません。
当研究室では、ゴム−金属接着材料をモデル系として、力学試験とX線分光イメージングを組み合わせたオペランド計測技術の開発に取り組んでいます。接着材料に引張負荷や剥離負荷を与えながら、接着界面やその周辺で生じる化学状態変化を非破壊かつリアルタイムに観察することで、接着機能がどのように維持され、どのような過程を経て破壊に至るのかを直接可視化しています。
特に、ゴム−金属接着界面では、ナノ・マイクロスケールで生じる化学反応や構造変化が、最終的にはミリ・センチメートルスケールの力学特性や破壊挙動として現れます。当研究室では、化学状態、微細構造、応力集中、亀裂進展といった異なる階層の情報を統合することで、材料内部で進行する反応と力学特性との関係を解明する研究を進めています。
本研究は接着材料にとどまらず、複合材料、ゴム材料、エネルギーデバイス、構造材料など幅広い材料系へ展開可能です。私たちは、材料の「強さ」や「壊れ方」を単なる力学現象として捉えるのではなく、化学反応や物質移動と結び付いた機能発現現象として理解することを目指しています。