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物質を小さくしていくと、どんなことが起こるでしょうか?例えば半導体は、見た目は真っ黒な固体ですが、ナノメートル(10の-9乗 m)オーダーまで小さくすると、七色に光るようになり、他にもたくさんの特徴的な現象を示すようになります。それらの光物性は大きさやサイズに依存して変化し、また逆に言うと大きさ、形状により物性を制御することができます。これらはいったいどのようなことが起きているのでしょうか??
 私たちは、半導体や貴金属のナノ構造体でどのような光化学が起きているのかを、フェムト秒パルスレーザーを使った時間分解分光により調べています。
A. 半導体ナノ構造体の光物性  pdf
 
  1.量子ドットのキャリヤー間相互作用(Auger再結合、キャリヤー増幅)に関する研究
  2.量子ドットの単一分光
  3.DNAを用いた量子ドットのエネルギー移動過程の解明

B. 貴金属ナノ構造体の光物性 
  1.金ナノ構造体のプラズモンダイナミクス
   
C. SiC, グラフェン、TiO2の光物性
 
  1.SiC表面に成長したグラフェンの光物性
  2.SiCの表面構造、光物性に関する研究
  3.TiO2の光物性および金ナノ粒子との相互作用に関する研究  
 




A-1. 量子ドットのキャリヤー相互作用に関する研究
・半導体量子ドット(Quantum dots: QDs)

Fig. 1 (左) QDsの電子状態 (右) 玉井研究室で合成したCdTe QDs
 一般的に存在する物質は電子のような微小的な観点からみると、xyz全ての軸に対して無制限に動く事ができます。このような物質をバルクとよびます。バルクにおける半導体の電子状態は、価電子帯と伝導帯の二つのバンド構造をもち、その間のバンドギャップは物質固有となります。しかし、物質のサイズをナノメートル(10-9乗)サイズまで小さくすると、物質内に電子が限られた波長でしか存在できなくなるため、電子状態が離散的になり、粒子の大きさによってバンドギャップが変化し、バルクとは全く異なった物性を示すようになります。この現象は量子サイズ効果や量子閉じ込め効果と呼ばれています。特に数ナノメートルの半導体粒子のことを半導体量子ドット(QDs)と呼びます。 また、量子ドット内では電子や正孔(総じてキャリヤーとよぶ)が非常に近い状態で閉じ込められているため、オージェ効果やキャリヤー増幅などのキャリヤー間相互作用が顕著に観測されます。このような特徴的な性質から、量子ドットは生態蛍光標識、太陽電池、量子ドットレーザーなどへの応用が期待されています。


・半導体量子ドットのキャリヤー増幅
Fig. 2 (左) CMの概念図 (右) CdTe QDsにおけるCM閾値

 キャリヤー増幅(Carrier Multiplication: CM)とは、バンドギャップの2倍以上のエネルギーを持つ光子を一つ吸収して、複数のキャリヤーを生成する現象のことを言います。アインシュタインの光電効果にあるように、一般的にはエネルギーの大小に関係なく一つの光子からは一つの電子しか励起することはできません。高エネルギーで励起した場合には、バンドギャップ以上の余剰エネルギーは内部緩和によって失われます。しかし、特定の半導体量子ドットにおいて、バンドギャップの2倍以上のエネルギーで励起したときに、キャリヤー増幅が起こり、複数の一光子から複数の電子を励起する現象が観測されています(ex. CdSe, PbTe, Si etc…)。この現象は、太陽電池の変換効率の著しい増加などのエネルギー変換分野や量子ドットレーザーなどの分野で非常に注目されています。
 玉井研究室では、今まで確認がされてきたCdSeやPbSeなどと同じU-Y化合物半導体であるCdTe量子ドットを用いて逆オージェ効果の観測に成功しており(Y. Kobayashi et. al. Chem. Lett. Vol.38, No.8 pp.830-831 (2009))、これらのナノ構造体形状依存性、また温度依存性行うことにより、それらの閉じ込め効果や内部緩和との関係を調べています。


・半導体量子ドットのAuger再結合過程
Fig. 3 (左)Auger再結合の概念図 (右)Auger再結合の粒径依存性

 Auger再結合とは、励起した電子同士(又は正孔同士)が相互作用して、片方がエネルギーを渡して無輻射的に緩和し、もう片方がより高い状態に遷移する過程のことを言います。Auger再結合は生成したキャリヤーを失活させるだけでなく、イオン化を引き起こして物質の劣化を誘発するため、量子ドットを工業的に応用する上で避けれない現象です。量子ドット内ではキャリヤーが微小領域に閉じ込められているため、それらの相互作用がバルクと比べて顕著に観測され、Auger効果が量子ドットのキャリヤーの緩和過程に支配的に働くことが知られています。Auger再結合速度は閉じ込められている領域(量子ドットの粒径)に応じて変化し、大きくなるほど再結合速度が遅くなることが知られています。また、これらは粒子の直径(D)に対してα乗に比例して増加することが知られています。
 玉井研究室では異なる保護剤を用いて合成したCdTe量子ドットにおいて、Auger再結合のサイズ依存性αが異なり、量子ドットのAuger再結合過程が量子ドットの表面状態の影響を受けることを初めて明らかにしました(Y. Kobayashi et. al. J. Phys. Chem. C, Vol.113, No.27, pp.11783-11789, (2009).)。



A-2. 量子ドットの単一分光
 量子ドットは発光効率が高く、また光退色しにくいことから生体蛍光標識などへの応用が期待されていますが、応用の妨げとしてブリンキングという現象があります。ブリンキングとは、量子ドットを単一粒子で発光を測定したときに、時間によって急に発光が消えたりする明滅現象のことを言います。ブリンキングの発生メカニズムは完全には明らかになっていませんが、主な原因の一つとしてオージェ再結合が挙げられます。
 玉井研究室では、ブリンキングの周辺環境の依存性を調べるため、空気下、窒素雰囲気下、トルエン蒸気下など環境を変化させてブリンキングがどのように変化するかを調べています。




B-1. 金ナノ構造体のプラズモンダイナミクス
Fig. 4 (上)金ナノ構造体のAFM像と
(下)振動緩和ダイナミクス
     

 金などの貴金属に特定の波長の光を当てると、貴金属内に多数存在する電子が電磁波に揺さぶられて集団運動を起こします。このような電子の集団運動のことをプラズモンとよび、特に貴金属表面に発生するプラズモンを表面プラズモンと呼びます。表面プラズモンは周辺の電場を増強し、発光やラマン散乱を著しく増強する作用があり、表面プラズモン共鳴法という新しい測定方法まで確立されており、近年増強場を用いたウィルス抗体検知などへの応用が実用化されています。しかし、プラズモンにはまだ明らかになっていないことが多く、これらをより本質的に理解する基礎研究が必要とされています。
 玉井研究室では、電子線リソグラフィーを用いて描画したナノメートルオーダーで間隔を制御した金ナノキューブ(Fig. 4(上))を北海道大学三澤研究室から提供してもらい、金と金の間のナノメートルの間隔を変えたとときにプラズモン振動ダイナミクスがどのように変化するかをフェムト秒過渡吸収分光を用いて明らかにしました(L. Wang et. al. Appl. Phys. Lett. Vol.95, pp.053116 (2009) )。


















C-1. SiC上に成長させたグラフェンの光物性
Fig. 3 (左)炭素からできる様々な物質(A.K. Geim and K.S.
Novoselov, Nat. Mater. 6, 183 (2007)より)
(右)グラフェンの
ラマンスペクトル

 鉛筆の芯に使われるグラファイト、ボーイングの機体に使われる軽量かつ強靭な炭素繊維など、近年身の回りに炭素を基にした材料が盛んに開発されています。その中でも特徴的な物性を示すことで注目されているのがグラフェンという物質です。グラフェンは炭素原子から成る平面六角形を並べたシート状の構造をとっています(Fig. 3(左図の上部))グラフェンは1原子層の厚みであるにも関わらず、機械的にも化学的にも安定な物質であり、また熱的・電気的伝導性が高いことも示されています。従来デバイスに用いられているSiの電子易動度は約1,000 cm2/Vsに対して、グラフェンは20,000 cm2/Vs、理想的には200,000 cm2/Vsに達すると言われ、超高速トランジスタ等への応用に期待されています。
 玉井研究室では同大学物理学科の金子研究室と共同で研究を行っています。金子研究室が単結晶SiCの表面を超高真空雰囲気下・2000℃を超える高温加熱処理してグラフェンを作製し、玉井研究室にて共焦点顕微鏡とレーザーを用いた2次元空間分解ラマン分光でグラフェンの品質・欠陥等の評価を行っています。下図はグラフェン成長時の異なるアニール温度に対するラマンスペクトルを示しています。アニール温度が1400℃の条件下からsp2炭素原子の伸縮振動によるGバンド、環状sp2炭素原子のbreathing modeによる2Dバンドが観測されました(Fig. 3(右))。