研 究 内 容

 

ヒト皮膚角層細胞間脂質の研究 (実験手法・概説編)-

 

1.実験手法

 角層細胞の電子線回折像を取得するためには、角層細胞1個1個を中空の状態で固定する必要がある。これを実現するために、電子顕微鏡専用試料台(メッシュ構 造;孔経φ=30μm)に接着剤を塗布し、直接ヒト皮膚に貼り付けて角層を剥離・採取する方法(グリッドストリッピング法)を採用した。

 

図1.グリッドストリッピング法の概要

 

電子線の回折像を得るためには、φ~30μmのメッシュ孔を閉塞することなく接着剤をグリッド部のみに塗布する必要がある。当研究室ではこれを実現する手法の開発に成功した。

 

図2.角層サンプル採取の様子 (a),(b)位相差像、(c)SEM像

 

角層採取前のメッシュ(a)に対し、接着剤がメッシュ孔を閉塞することなく角層細胞が付着している様子が確認できる。 

 

図3.使用した透過型電子顕微鏡(JEM-1400)と回折取得時の設定条件

- 電子線回折条件 -

 

Acceleration voltage; 100kV

 

Expose region; 60μm²

 

Camera length; 150cm

 

Detector; CCD (Gatan)

 

Electron dose; 0.1 pA/cm² 

 

2.実験結果

 腕(前腕内側部)と顔面(頬)から角層を採取し、電子線回折像を取得した。得られた回折像を1周積算し、1次元化してピーク分離解析を行った。

 

図4.腕の角層から得られた電子線回折像(a)とその1次元化プロファイル(b)

 

 

図5.頬と腕の角層のOrt構造存在率の比較

ケラチン、Ort+Hex、Ortそれぞれの構造由来の回折ピークをGauss関数を用いてFittingし(Simplex法による)、OrtとHexの存在比を見積もったところ、頬に比べて腕ではOrt比が有意に高くなっていることがわかった。

 

次に両部位の1次元化プロファイルのバックグランドの形状について比較した。今回、角層の電子線回折像のバックグランドには1/sのn乗の関数が良くFitすることがわかった。

図6.バックグランド解析の手法(左)と頬と腕の角層のバックグランド関数パラメータの比較(右)

 

両部位でnの値を比較したところ、腕の方が有意に高いことがわかった。これは角層細胞やその内部に存在するケラチンなどの構造が、両部位で異なる可能性を示している。 前腕部に対して顔面部は常に紫外線や乾燥などの環境ストレスにさらされており、バリア機能が低下していることが推測される。これらのデータはバリア機能を評価する新たな指標になる可能性があり大変興味深い。

 

<ref>
・Study on Regional Differences of Stratum Corneum Structure in Human Skin by Electron Diffraction    H. Nakazawa, A. Yamagishi, T. Imai, Y. Ban, S. Sakai, S. Inoue, S. Kato  Chemistry and Physics of Lipids, Vol 154 (2008)

・Structural Analysis of the Skin Stratum Corneum by Solution Injection Cell    H. Nakazawa, I. Hatta, N. Ohta, S. Kato  Chemistry and Physics of Lipids, Vol 149 (2007)