研 究 内 容

 

-膜物性の研究 (実験手法・概説編)-

 

1.電子顕微鏡観察

  光学顕微鏡より、ずっと小さなものを観察することができます。しかし、電子顕微鏡内部は高真空になっているため、試料をそのまま顕微鏡にセットする

ことができなかったり、試料が厚すぎると電子線が透過しないなどの問題もあります。そのため金属薄膜を用いて試料のレプリカ膜を取り、そのレプリカ膜を観察する方法をとります。これを凍結割断法とよびます。図1に脂質ベシクルの割断~金属の蒸着までを示しました。この薄い金属膜(黒色の部分)が割断面のレプリカ膜になります。凍結割断法の他にも、ミクロトームという装置を用いた試料作製方法もあります。ダイアモンドやサファイアナイフで電子線が透過できるほど(数十nm)極薄くスライスした試料を、重金属で染色すると、電子顕微鏡で観察できるようになります。この手法は、生体材料を直接観察するときなどによく用いられます。

 

図1.凍結割断装置JFD-9010(左)と凍結割断法(右)

 

凍結割断や切片剥離により整形された試料は電子顕微鏡を用いて観察します。2009年に導入されたJEM-1400は、CCD-カメラが付いており、画像デジタル処理に優れた透過型電子顕微鏡です。加速電圧はMax120 kVで、生態試料観察に適した装置です。また、クリオステージを用いることで顕微鏡内における試料の温度制御が可能になっています。このクリオは主に電子線照射による試料へのダメージ軽減の目的で使用します。

 

図2.ミクロトームとその試料台

 

凍結割断法で作製した試料(ベシクル)の電子顕微鏡写真です。リップル相において、ベシクル表面には指紋のような無数の線が観察できます。これがリップル(さざ波)構造です(入門編参照)。このリップルのうねの周期は、およそ15nm程度であることが知られています。光学顕微鏡では観察できないサイズです。  さらにベシクルではなく平坦なシート(バイセル)が積層した構造を形成する脂質もあります。バイセル表面にもリップル構造が観察できます。

図3.多様な脂質集合体とリップル構造

 

2.示差走査熱測定 (DSC)

 例えば氷に一定の熱を加えていくと0℃で氷が融解し始め、それに伴い温度が上昇しなくなります。なぜなら、この時加えた熱エネルギーは、温度上昇ではなく、氷が水に構造を変える(相転移)ために消費されるからです。この熱を潜熱と呼びます。氷同様、脂質も転移に伴い構造を変化させますので(入門編参照)、この時生じる潜熱を測定します。装置はCSC 4100 multi-cell typeのDSCを使用して測定しています。3つの試料を一度に測定できる効率のよさがこの装置の特徴です。

 

図4.熱測定装置(上)とDPPCサーモグラム(下)

 

3.位相差顕微鏡観察

 電子顕微鏡に比べて扱いが容易であり、作製した試料を直接観察することができます。また、この顕微鏡には温度制御プレートやCCD-カメラが付いており、試料の構造変化を逐次記録することができます。

 

図5.倒立方位相差/蛍光顕微鏡

 

我々はマイクロアスピレータという”ミクロの手”をつかって、直径数十μm のベシクルを直接つかむことができます。そのベシクルに力をかけると、当然

ベシクルは伸びたり縮んだりしますが、その伸び縮みから、ベシクルの固さを見積もることができます。

 

図6.マイクロアスピレーションによるベシクルの固さの測定

 

また、バルクに糖溶液を添加し、浸透圧をかけるとベシクルは圧縮されてしぼみますが、そのしぼみ具合から、膜に対する水の透過性を見積もる

ことができます。これは、減少した体積分の水が膜を透過してベシクル外部へ流出すると考えられるからです。もし、アスピレータで固定していないと、

溶液添加にともなう流れで、ベシクルは流され、視界から消えてしまうので、観察することができなくなります。

 

図7.浸透圧による膜の水透過性の測定

 

4.放射光を用いたX線回折実験

 X線を用いることで、脂質分子の充填構造(広角散乱)や脂質二重層膜の層周期(小角散乱)を測定することができます。一般に脂質集合体の構造は

金属などに比べ無秩序であるため、Bragg反射を検出するためには高輝度の放射光が不可欠です。我々の研究室では茨城県つくば市の高エネルギー加速器研究機構(BL-15A, BL-9C)や兵庫県のSPring-8(BL-40B2, BL-03XU)を用いて研究を行っています。

 

・小角散乱で分かること (二重層膜の層周期/比較的大きな構造)

 

リングの半径から、二重層膜の積層の周期が6.5nm程度であることが分かります。ちなみに1nmは1mmの10万分の一です。

 

・広角散乱で分かること (炭化水素鎖の充填/比較的小さな構造)

 

リングの半径から、炭化水素鎖が形成する面間隔は0.5nm程度であることが分かります。小さな構造です。