たった1つの蛍光性分子に光を照射し、放出される蛍光光子を観測してみましょう。蛍光性分子は光励起により励起状態となり、蛍光光子を放射することにより基底状態に戻ります。このサイクル1回につき、放射される蛍光光子の数は1か0です。基底状態に戻った分子はまた励起されます。このサイクルを繰り返すことにより、蛍光光子は複数放射されますが、放射された光子同士は最低でも励起状態の寿命(τ)だけ離れて存在します。つまり、ある時空間には1つの光子のみが存在することになります。このような光子の状態、つまり光子が離散的に存在する状態を光子アンチバンチング(Photon antibunching)といいます。
このことから、光子アンチバンチングを示す物質は、ある時空間に1つの光子を発生することができる「単一光子発生源」として振る舞うことがわかります。この単一光子発生源は、原理的に盗聴が不可能な究極の暗号通信である「量子暗号通信」や「量子テレポーテーション」など、次世代量子情報技術において必要不可欠な重要なものです。
光子アンチバンチングは、単一原子やイオン、単一蛍光性分子、ダイヤモンドナノ結晶中の窒素空格子点など、「たった1つの発光体」からの発光を検出した観測した場合に観測されます。複数の発光体から構成される結晶などの分子集合体などは、1発の励起パルスを照射すると同時に複数の発光体が励起され、複数の励起子が生成します。生成する励起子の数はポワソン分布に従います。これは、1パルス内に含まれる光子数がポアソン分布のためです。生成した励起子は、それぞれ発光するため、いくつも発光光子が発せられることとなり、光子アンチバンチングは観測されません。
我々はこれまでの研究で、蛍光性分子から作られたナノサイズの分子集合体1個や発光性共役ポリマー1分子鎖を測定することで、分子集合体であってもサイズをナノメートルサイズまで小さくすると光子アンチバンチングが観測されることを見出してきました。この結果は、励起子移動と励起子消滅過程に基づいて考えることができます。励起子消滅過程は、励起子同士が近づくと1つの励起子は失活し、1つの励起子のみが残るという過程です。
励起子が発光する前にこの過程が効率よく起こると励起子の数は減少するため、励起子の数はポワソン分布に比べ狭くなります。そのため、観測される光子の数もポワソン分布より分布が狭くなった“スクイーズ”された状態となります。一般には、ポワソン状態よりもスクースドされた状態を光子アンチバンチングと呼ぶことが多いようです。完全に1つの励起子のみとなり、発光すれば完全な光子アンチバンチング挙動が観測されることとなります。
励起子消滅過程は、励起子同士が近づくと起こる過程ですから、“ナノサイズ”にサイズ制御された分子集合体などの場合、生成した複数の励起子が励起子消滅を起こす確率は高まります。よって、光子アンチバンチングを示す確率は高くなります。つまり、励起子が発光するよりも速く励起子を消滅させれば、光子アンチバンチングの確率は高まります。また、光子アンチバンチングの確率は、そのサイズに強く依存すると考えることができます。我々は、実際にサイズに依存して光子アンチバンチングを示す確率が変化することを、発光性共役ポリマー1分子鎖を対象とすることで見出してきています。
しかしながら、これまでの研究では、光子アンチバンチング挙動と発光体のサイズは別々に測定していたため、アンチバンチング挙動とサイズの詳細な相関はわかりませんでした。そこで最近は、原子間力顕微鏡(AFM)と共焦点顕微鏡を組み合わせた測定系を構築することにより、たった1つの発光体について、そのサイズを計測すると同時に、光子アンチバンチング挙動も測定する方法を駆使し、研究を行っています。
関連文献
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