本の読み方 山根英司

数学の本を読んでも全く理解できないことはよくある.

しかし, 簡単に諦めてはいけない. すぐに判らないのは当たり前である.時間をかけてじっくり考えればそのうち判る. 考えるのをやめてしまったら,いつまでたっても判らない.
そうはいっても,ただ時間をかけようというだけでは芸がない.ここでは, 何とか理解するためのコツをいくつかのべる.

0. 前に戻る. ある箇所が判らないという場合, そこで初めて判らなくなったのではなくて,本当はその前に既に判らなくなっていることが多い. だから少し戻って読み返してみるとよい.
判っていないくせにそのことを自覚していないのは大変困る.
しばしば言われる勉強のコツとして,「細かいことは気にせずとりあえず後ろの方までざっと読んでみる」とか「8割判ったら先に進む」 などの読み方がある. こういう読み方をするとき,本当に判ったことと判っていないことは 区別しながら読み進めるべきである.

1. 例を考える. ものすごく簡単なものでいいから例を作る. また,証明が一般的すぎてわからなかったら,特殊な場合に限定して証明を書き直す(例えば---1次元に限定する,パラメータに具体的な値を代入する, 一般のnをn=3くらいにしてみる, 閉区間[a, b]は[0, 1]で済ませてしまう, 任意の関数f(x)をf(x)=sin x に限ってしまうなど).

2. 証明(や例題の解答)を要約する.技術的な細かいところを除いて, 議論の骨組みを抜き出す. 例えば2次方程式の解の公式の証明なら「平方完成する」, 部分積分法の証明なら「積の微分法から出る」と要約できる. 大学レベルの定理だとさすがに一言で要約するというわけには行かずに, 例えば本で1ページある証明を5行〜10行にまとめるという感じになるだろう.

3. 全く頭が働かないなら, せめて本を書き写す. 読んでいるつもりでも,実はぼーっと見ているだけであることは多い. 写しているうちに, さりげなく書かれた仮定の重要性に気づくこともある.仮定がいくつもあるときは箇条書きにするとよい.

4. 図を描く.本には図を入れた方がいいことは著者も分かっているのだが,ページ数の都合で図を省略する, あるいは小さい図でお茶を濁すことがある.そういうときは読者自身で図を描けばよい.

5. 誤植は必ずあるものと覚悟しなければならない.専門的な本は読者が少ないので,誤植が発見される確率が小さい.滅多に増刷されないから,訂正の機会が少ない.また,誤植を発見した人が版元に知らせるとは限らない.
数学の本なら,少々の誤植は読者自身で (他の本を見なくても) 直せる.「ここにマイナスがないと計算が合わないから誤植に違いない」などと考えればよい. 例えば歴史の本で人名に誤植があったら,読者の知恵だけでは直すことはできないし,信じがたい記述があっても真偽を確かめようがない. 数学の学生は歴史の学生に比べて楽なのである.

以下は英語(に代表される外国語)の本を読む場合の心得である.

6. 辞書はきちんと読んで, 自分の知らなかった語義や用法,熟語がないか調べる. 高校生用の易しい辞書では不十分なので, 大きな辞書を使う. 自分で買わないまでも, 図書館にある大きな辞書を使う.

7. 数学に役立つ英語の知識を増やすために,自分が既に知っていることを英語の教科書で勉強しなおす. 例えば微分積分学の本を読めば, 数学的には知っていることばかりが英語で書いてあるので, 初めて見る言い回しでも意味の見当がつくはずである.また,私はやったことがないが,英語の本とその日本語訳を見比べながら読むという手もある.

8. 実をいうと,数学さえできれば語学の知識が少々いい加減でも十分意味がわかる.実際,私はフランス語があまりできないが,数学の論文を読むのはなんとかなっている.数学として意味が通じるためにはどういう主張であるべきかが分かっているからである.
英語の本をセミナーに使っていると, ときどき全くのでたらめを いう人がいる.そういう人は中途半端な英語の知識を使って「訳す」の はやめるべきである.むしろ,数学の知識を使って,意味の通じる 主張をすべきである.上手な意訳ができれば,本当に理解したことになる.

2008年1月27日付記: 村田實・倉田和浩両先生による『偏微分方程式1』(岩波) のまえがきにいいことが 書いてあったので引用しておく. この本に限らず, 他の本を読むときにも当てはまる心得だと思う.

予備知識として, Lebesgue 積分論, 関数解析,複素関数論, 常微分方程式論の初歩を習得しているのが望ましい. とはいえ,それにはあまりこだわらず,まず面白そうな所から読み進めることをお勧めする. 必要になったらその時点でその知識を補えばよい.読者は頭と手を使い (上と鉛筆をかたわらに置き例を考え計算をして) 時には足も使って (散歩しながら考えて) 本書を読んで欲しい.

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