ダッシュっていうな?

f′ の右肩についている ′ をどう読むか. 高校ではダッシュ (dash) と教わると思う. ところが大学教員(みんなではないが)は プライム (prime) と読む. 英語の辞書で dash と prime を引いてみると, dash は横棒で,prime は ′ になっている. だから,f′ をエフダッシュと読むのは 日本の高校数学の方言であることが判る.高校でダッシュと習い, 大学でプライムと習い直すのは余計な手間なので, 始めからプライムと習うのがいいと思う.

それでは ′ をダッシュと読むのは完全な和製英語なのかというと,そうでもなさそうである. Oxford English Dictionary の prime の項には

1875 KNIGHT Dict. Mech., Prime, (Printing) a mark over a reference letter (a′, b′′, etc.) to distinguish it from letters (a, b, etc.) not so marked. [Usually read ‘a dash’, etc.]

という例文が載っている. ちょっと奇妙な例文である.記号単体のときは prime と読んで,a とくっつくと ‘a dash’と読むといいたいのだろうか.

さらにややこしいことに,楽譜に使う記号で dash というのがあるそうだ. これは′に似た短い縦棒だが,垂直になっている点が違う.

1848 RIMBAULT First Bk. Piano 63 The Dash requires a more separate and distinct manner of performance than the Point.

という用例がある.この記号が今でも使われているのかどうかは知らない.

千葉大の岡田靖則さんが 音楽に関する難しい論文 を見つけて下さった.この論文には「垂直ダッシュ」という用語が出てくる.

昔(50年前, 100年前くらい)の英語の辞書で prime と dash を調べることが今後の課題である.

2008年5月7日付記

一橋の藤岡敦先生から興味深いことを教わった. ボイヤー『数学の歴史』の日本語版でダッシュという訳語が使われているというのである.さっそく原書を調べてみた.John Wiley & Sons, Inc. , A History of Mathematics, second edition, Carl B. Boyer (revised by Uta C. Merzbach, foreword by Isaac Asimov) である.この本のp.397, The method of fluxions によれば, ニュートンは x や y の真上につけた垂直な棒で微分を表したらしい.(正確には流率法なるものに現れる概念で,今の微分とは少し違う.) そして,Boyerはこの記号のことを dash とよんでいる.

2017年3月9日付記

山梨大工学部の加藤先生から情報が寄せられた.Longman Dictionary of the English Language (1985) の dash の項には8番として Br PRIME 7 (mathematical symbol) と書いてあるそうだ.Br はイギリス英語という意味で,PRIME の7番というのは ′ のことである.なお,このことは関学図書館にある同辞書(1984)で確認した.

2017年5月26日付記

エクセター大学(イギリス)の Robin Chapman という人がバーゼル問題(1^2, 2^2, 3^2, ...の逆数の和は何か)の14通りの解法を一つの文書にまとめて公開している. 11ページで大体 Σ′ のような記号を使っている.Chapman氏はこの ′をdashと呼んでいる.

2018年1月16日付記

阪大の田野村忠温先生(言語学・日本語学)による極めて優れた論考.

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