研究内容

南極天文学の推進

天文学は古くからある学問の一つであり、観測波長の拡大(装置)と解釈する知識(物理学)の進展とともに、人類の宇宙の理解を広げてきた歴史があります。天体が放射する電磁波の中で、電波に分類される波長域で観測する天文学は電波天文学と呼ばれています。電波天文学の観測技術は、周波数が高い方が難しくなります。近年の技術発展で、技術的な空白域であったサブミリ波帯での天体観測が可能になりました。しかし、この周波数帯域は大気の吸収が強く、観測地は限定されます。大型干渉計ALMAが建設されたチリの砂漠地帯は、サブミリ波帯の観測適地ですが、そこでも満足な観測条件は得られていません。南極大陸内陸部の高原地帯は、寒冷(平均気温−50℃以下)で、標高が高い(3000m以上)ため、水蒸気が少なく地上最良のサブミリ波観測サイトです。そこに、南極天文台を建設する計画が進められています。関西学院大学も、南極天文学を推進する、南極天文コンソーシアムの主要メンバーとして、南極天文学を進めています。

図1 南極ドームふじでの大気の透過率の測定

図2 白夜が明ける南極大陸内陸部

星間物質の観測

星と星の間にも物質があります。星間物質の観測は電波天文学が得意とする分野の一つです。星間物質の中で比較的低温で密度の高い領域は、分子雲と呼ばれています。悠久に思える星にも一生があり、分子雲の一部が収縮して星が生まれ、重さに応じて進化します。重い星は、自らの放つ紫外線で周りの分子雲を電離し、やがて超新星として輝かしく爆発をして星としての死を迎えます。超新星爆発は、周りの分子雲を加熱圧縮し、星内部で生成した元素を周りの空間に供給します。爆発の名残は超新星残骸と呼ばれています。分子雲や星の形成と進化の基本的なシナリオを描かれていますが、まだまだ研究の対象は残っています。本研究室では、観測的に分子雲の形成と進化の解明を目指した研究を進めています。
分子雲は、ガスとダストから成ります。ダストは熱放射により赤外線で明るく輝いています。若い銀河の場合、赤方偏移により放射のピークはサブミリ波帯にシフトします。生まれたての銀河を見るにはサブミリ波帯が適しています。ガスの主成分は水素です。通常の低温な状態(〜10K)では、水素分子は観測可能な輝線を出しません。そのため、一酸化炭素(CO)等のプローブを用いて分子雲を調べます。サブミリ波帯には、星が生まれる現場である分子雲の中の高温高密度の領域に適したプローブであるCOの高い励起状態の輝線や、原子相から分子相へと変遷する分子雲の形成過程の観測に有力な中性炭素原子輝線があります。本研究室では、自前の可搬型サブミリ波望遠鏡での天の川銀河のサーベイ観測、野辺山45m鏡やALMA等を用いた銀河系の超新星残骸領域の観測や近傍銀河の観測を行っています。南極天文台では、生まれたて間もない、光や赤外線では見えずに電波では明るい暗黒銀河の観測を目指しています。

図3 一酸化炭素(CO 4-3)輝線で観測したオリオン座

電波望遠鏡を製作する

昔々、天文学者は、人里離れた山に籠もり、夜な夜な望遠鏡で天体観測しているイメージで描かれることがありました。計算機ネットワークの発達した現在、望遠鏡の遠隔操作もできます。世界的に多くの望遠鏡には、競争的な観測時間枠があり、自ら望遠鏡を保有しなくても、優れた観測提案を作り、観測時間を獲得すれば、都心の研究室で天体観測が可能です。また、膨大な観測データが眠るデータベースも増えています。一昔前では、夢のような環境が実現されており、本研究室でもそのような研究スタイルでの観測的な研究も可能です。
一方で、自ら望遠鏡を作り、観測する研究者もいます。観測に適した望遠鏡が無いから、自分で作るのです。関学の実験系の研究室には、本質的に新しい成果を得るために、既成の装置は使わずに、独自の装置を開発してきた伝統があります。本研究室は2015年4月開設の新しい研究室ですが、関学物理の古き良き精神を継承したいと思っています。サブミリ波帯の輝線の分光観測はヘテロダイン受信機で行います。サブミリ波のような高い周波数は、そのままでは分光できないため、ミキサーにより、低い周波数に変換して受信します。雑音の小さいミキサーは超伝導体です。超伝導体の動作のために、4Kという極低温環境を作り出す冷却受信機の技術が必要です。本研究室は、ただでさえ難しいサブミリ波のヘテロダイン受信機を、環境が過酷な南極で運用するという野心的な計画を進めています。瀬田は、自ら南極内陸部に赴き、環境の困難さを承知の上で、南極天文台開設計画を推進しています。一人ではとても実現できませんが、幸い、志を共有する仲間がいます。国立天文台、国立極地研究所、筑波大学等、南極天文学を推進する機関と協力しながら、装置開発を進めています。
装置開発において、学識の深さも必要で、手先の器用さは有益です。が、より大切なのは、天文学と物づくりが大好きなこと、装置が上手く動かない時に良く見て良く考えて完成までへこたれないこと、こだわりや経験を大切にしながらも最新の技術動向を取り入れることだと思っています。最近、装置開発をする研究機関が減少しています。次の世代で画期的な開発を行うには、当世代の第一線の研究現場で開発に携わることが大切であると信じています。開設4年目となり、実験室には、スペクトラムアナライザー、サブミリ波信号源等実験環境も整ってきました。本研究室が、世界に通用する研鑽の場となるように全力を尽くす所存です。

図4 チリ北部のパリナコッタ村に設置した30cm可搬型サブミリ波望遠鏡

図5 チリでの観測の合間の休暇で訪れた標高4500mのチュンガラ湖