重力理論研究室の研究テーマ
(※ 私個人の研究テーマであり、卒研生のテーマとは無関係です)最近興味を持って行ってきた研究は、ブラックホールの 熱力学的性質と、量子系の古典化現象です。両者に共通 したキーワードは、非平衡・非可逆であり、古くて新し い、興味深いテーマです。
ブラックホールの熱力学は、「正しい」量子重力理論の テストベンチの役割を果たすために重要なのは勿論のこと、 それ自体も、興味深い現象です。 例えば、ブラックホールを含めた系における熱力学第二 法則の成立に必要な条件は何か、という問いかけから、 系の持ち得るエントロピーは、その体積にではなく、そ の表面積によって制限されている、という説が提唱され、 それは現在、ホログラフィック原理(系に含まれる全情報は、 実は系の表面に蓄えられている)という説にまで昇華され、 新たな物理概念を提供しています。
一方、量子系の古典化現象の理解は、その基礎概念の無 矛盾性に関わる問題であることは言うまでもなく、また 近年の実験技術の飛躍的発展によって、かつて思考実験 止まりであったものが、現実に測定出来るようになり(番犬効果、 散逸下でのトンネル・コヒーレント振動現象など)、 この問題に対する新たな材料が提供されています。 最近では、量子計算機の実現可能性の議論で欠かせない ものとなっていて、その重要度を増しています。
1. 重力理論
a) ブラックホール(BH)熱力学
ブラックホール時空の非常に興味ある性質の一つに熱力 学法則との数学的対応があり、ブラックホールも通常の マクロ系のようにエントロピーを持つと考えられています。
そこで、この類推を物理的に裏付ける為には、
(1) ブラックホール エントロピーの統計力学的理解
(2) ブラックホールと通常の物質場の合成系に対する、 一般化された熱力学第二法則(GSL)の成立
を示す必要があります。
(1) については、前述のホログラフィック原理の一つの具体形である AdS/CFT 対応という考え方(ブラックホール時空のことは、 その時空の無限遠方にある境界面に住んでいる CFT から読み取れる) に従って、説明がなされています。
(2) の問題は、時空を古典的に扱う限り、 「ブラックホール時空という(特殊な)等温環境に接している通常物質に対し、 最小仕事の原理をチェックする」という問題と等価です。 ブラックホール時空という通常と異なる環境とはいえ、 通常物質に対して「最小仕事の原理」が破れているとは考えにくいため、 その成立については肯定的な予想をしている研究者が多いと思います。
とはいえ、これまでに幾つかのもっともらしい肯定的な議論が 提出されているものの、決定的な議論はまだない、というのが現状です。
そこで今後は、GSL の議論を深めると共に、(2)の観点を肯定的 に押し進めて、 「BH 熱力学の BH 非平衡熱力学への拡張」の可能性と、 その(通常の系に対する)特異性を明らかにしたいと考えています。
また最近は、弦理論を通して BH 熱力学を再考することにも興味をもって 研究を進めています。
b) ゲージ/重力対応
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2. 開いた量子系の物理
a) 量子/古典遷移
量子系の古典化現象の問題とは、「我々が、日常よく目 にする古典的世界は、本来、万物の基礎理論である量子 力学に従っているはずであるが、両者が用いる概念やそ れぞれの特徴は、相容れない。では如何にして、量子力 学的世界から、古典的世界を導くのか」というもので、 量子論成立以来の基礎的問題です。
そして、その理解と 解決は、量子宇宙論の分野でも、宇宙の波動関数から物 理的な予言を引き出すために不可欠な重要問題の一つと なっています。
古典化を導き出すための概念・手法は、これまでに様々 なものが提案されてきていますが、その一つに「古典的 世界に属していると通常考えられるマクロ系は、不可避 的に、そのマクロ自由度の記述に陽に用いられない自由 度(環境)と相互作用している」という点に着目した、 「環境効果による古典化」という考え方があります。
このパラダイムでの一番の問題は、あらかじめ着目系が 定められてはじめて議論ができる点で、「着目系として 何を選択すべきか」という問いには、まだ答えられない 点です。
観測者が存在し、状況をコントロール出来るような通常 の実験においては、その状況設定に「何を着目系とすべ きか」または「何を観測したいのか」という情報がすで に含まれているので、上記の問題点は現れませんが、初 期宇宙のような、状況をコントロール出来るような観測 者が存在しない状況においては、「何を着目系とすべき か」という基準を与えるものは存在しません。
何だか禅問答のようで、「何をどう考えれば良いのか、 そもそも答えるべき問いなのか」さえ、はっきりしません。 そこで、立場をはっきりさせ、この問いに意味を持たせ るために、次のような問題提起をしてみます。
そりゃ、全てを丸ごと量子論的に扱って問題を解けば、 原理的に正しい答えに到達でるはずだ。だけど、現実問 題としてこれは実行不可能だから、全く有効でない。そ こで我々は、考えたい状況(舞台)に本質的に関与する自 由度のみ(メインキャスト)を取り出し、それらに相応し い役を担わせて(脚本)、現象を理解しようとする。つま りモデル化だ。
実際、「プランク時間以降は、宇宙は古典的に、物質場 は量子的に振舞う」と仮定することで問題を簡略化し、 考察している。では、この仮定は何によって正当化され るのか?
この問いに答えるためには、あらかじめ与えられた[着 目/環境系]の枠組で問題を考察するのではなく、「全 系の自由度とその動力学が与えられた時、最も古典的に 振舞う自由度は何か?また、それは何によって規定され るのか?」という問題を理解しなければなりません。
また、そもそも「古典的」という概念自体を明確に定義 する必要があります。
以上のような動機から、ミクロ/マクロのスケール変換 と、古典化の度合いを結び付けるような定式化(〜繰り込 み群?)ができないか?という問題に興味をもっています。