代表的な研究テーマ

1. 細胞増殖制御における転写因子E2Fの機能解析


転写因子E2Fは、代表的な癌抑制遺伝子産物pRBの主な標的です。細胞周期の進行に必要な一連の遺伝子群の発現を制御し、細胞増殖に必須の役割を果たしています。E2Fの強制的な活性化だけで細胞周期を回すことができる、細胞周期制御の中心となる転写因子です。pRBは、E2Fを抑制して細胞増殖を抑制することによって癌化を抑制しています。私達は、E2Fが細胞周期のS期への進行に必須であるサイクリンEDNA複製の開始を制御する種々の因子をコードする遺伝子の発現を制御していることを明らかにしてきました。最近のDNAマイクロアレイを用いた新規標的遺伝子の検索から、E2Fは細胞周期の進行だけでなく、発生・分化・アポトーシス(プログラム細胞死)・チェックポイントなど様々な生命現象に関わる遺伝子の発現に関わることが明らかになっています。私達は高感度サブトラクション法を用いて、DNAマイクロアレイでは同定されていなかった多数の新規標的遺伝子を同定しました。これらの中には、機能の未だ同定されていない遺伝子や、全く新規の遺伝子も含まれています。これらの機能の明らかになっていないE2F標的遺伝子の機能を解析することによって、細胞増殖制御におけるE2Fの役割を探っています。



2. 癌化抑制におけるE2Fの役割

ヒトの細胞には、癌性変化が生じるとアポトーシスまたは細胞老化を引き起こして癌化を抑制する機構が備わっています。癌化の抑制には、2つの代表的な癌抑制遺伝子産物であるpRBとp53を中心とするRB経路とp53経路が主要な役割を果たしています。RB経路は、E2Fを不活性化して細胞増殖を抑制することによって癌化を抑制しています。p53経路は、アポトーシスまたは細胞老化を誘導することによって癌化を抑制します。ほとんど全ての癌で、両者の経路に何らかの異常が認められます。E2Fは、この2大癌抑制経路をリンクする極めて重要な役割を果たしています。すなわち、RB経路に欠陥が生じるとpRBの標的であるE2Fが活性化され、p53を活性化する癌抑制遺伝子ARFの発現を誘導してp53経路を活性化します。私達は、E2FによるARF遺伝子の発現制御様式が細胞増殖に関わる遺伝子のそれとは異なることを見出しました。すなわち、ARF遺伝子は増殖刺激で活性化された生理的なE2Fによっては活性化されず、pRBの機能欠損によって活性化された制御を外れたE2Fによって特異的に活性化されます。このことは、E2Fが癌性変化を特異的に感知して、p53経路を活性化することを示しています。pRBの機能欠損はRB経路の上流に位置するサイクリン依存性キナーゼ抑制因子p27遺伝子を活性化することを見出しました。従って、制御を外れたE2Fは、p53経路を活性化するたけでなく、pRB経路にもネガティヴフィードバック作用があることが分かりました。この癌化抑制に関わる転写制御機構は、増殖関連遺伝子のそれとは全く異なること見出しました。E2Fが如何にして癌化に伴う異常な増殖刺激と正常な増殖刺激を識別して癌化抑制と細胞増殖とを仕分けているのか、その機構の解析を進めています。


放射線や抗癌剤などの癌治療法は正常な増殖細胞も傷害し、白血球が減少するなど副作用があるため、癌の根治治療が困難となっています。これを解決するためには、正常な増殖細胞は傷害しない癌細胞特異的な治療法の開発が必須です。そのために癌の発症機構を明らかにし、正常細胞には無い癌細胞に特異的な変化を見出し、それに基づいた新しい治療法の開発が必要です。RB経路の欠陥はp53経路を活性化して癌化を抑制するので、細胞が癌化するためにはp53経路にも欠陥を伴うことが必要です。このために、両経路に欠陥をもつ癌細胞には、ARFp27遺伝子を活性化する制御を外れたE2F活性が存在することを見出しました。正常な増殖細胞には、制御を外れたE2F活性は全く存在しません。従って、制御を外れたE2Fは癌細胞に特異的であると考えられます。そこでこの制御を外れたE2Fを癌細胞特異的なアプローチに利用することを目指して、その実態を解析しています。


3. ヒトT細胞白血病ウイルス(HTLV-1)


      
      
HTLV-1の感染した細胞      

ヒトT細胞白血病ウイルス(HTLV-1)は、日本人によってヒトで初めて発見されたレトロウイルスです。Tリンパ球に感染し、成人T細胞白血病(ATL)と呼ばれる治療に抵抗性の白血病を起こします。HTLV-1による癌化機構を明らかにするために、HTLV-1の癌遺伝子産物であるTaxの機能を解析しています。Taxは、CREB, NF-kB, SRFなどの細胞側の転写因子を介して転写を活性化します。私達は、TaxがサイクリンDなどの細胞周期制御因子をコードする遺伝子の転写を活性化し、直接細胞増殖を促進することを明らかにしてきました。Taxによるこの細胞増殖促進作用はTリンパ球に特異的であることを見出し、その機構の解析を行っています。





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研究内容

【概要】

人が亡くなる原因の中で最も多い(3人に1人)癌の征圧のために、癌の発症メカニズムの解明を目指しています。そのために、癌遺伝子と癌抑制遺伝子の機能解析を中心に、細胞増殖制御と癌化抑制機構の解析をしています。