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2005年度 博士論文・修士論文の要旨

修士論文

Kinetic Ising Model of Successive Phase Transition In K2Ba(NO2)4

吉光研究室 西尾 泰一

K2Ba(NO2)4結晶は、NO2基が持つ電気的双極子が三角格子を形成 しているところに特徴がある。各双極子は等価な2つの向きをとり、十分高温 では配向に関して無秩序状態にある。温度の低下とともに三角格子の2つの 副格子が秩序化し、他の副格子は無秩序状態の部分秩序相が出現する。さらに 低温で残る副格子の秩序化がおこる。この論文では、この逐次相転移の動的機構 を明らかにするために、各双極子の状態をIsing 変数σ=±1で表わし、素過程 として2つの状態を緩和時間τで遷移するKinetic Ising Modelを用いている。 双極子間の相互作用として、拮抗する2つの相互作用、即ち、長距離双極子― 双極子相互作用と近隣のNO2基間の斥力相互作用を考慮する。系全体の時間発展 はMaster方程式で記述し、相転移、特に、部分秩序相発現の動的機構を、Monte Carlo Simulation で解明している。相転移に関係する部分秩序相の3重縮退モー ドM1 ,M2 ,M3 の時間発展に注目し、これらの時間相関関数の解析を行っている。 相転移の存在、転移点近傍の臨界緩和現象の存在などを動的側面から明 らかにしている。この系の特徴として、縮退するモード間の緩やかな遷移の存在 を明らかにし、臨界緩和に伴う緩和時間の異常発散や転移点近傍での緩和時間の 分布現象を見い出している。系の動的側面の解明としては尚不十分ではあるが、 相転移の動的振る舞いの本質の一端を明らかにしており労作と考えられる。

「遊び」の視点によるエンタテインメントの考察 メディア論から生理心理学的アプローチまで

早藤(中津)研究室    和間 健典

情報化社会が進む現代において,物質的豊かさと精神的豊かさとの兼ね合いが求められている.数年前,日本では「IT革命」なる言葉が流行し,それに伴い我々の生活は劇的な変貌を遂げてきた.情報の伝達は非常に便利になり,新たなエンタテインメントも生まれ,人々の生活をより実りのあるものにしてきたことは紛れもない事実である.しかし,こういった社会的に見て華やかな面だけが取り沙汰され,それに付随した体裁の悪い面には目を向けていないのではないだろうか.技術革新による新しいエンタテインメントによって我々は深い没入感(夢中状態)を得られるが,それによる人間への影響は不透明なままであり,そのことが大衆に不安を煽るような社会規範を逆手に取った報道を助長している.このような事態が引き起こされている背景と,そして昨今の様々な情報を我々はどのように扱っていくことが望ましいのか,メディア社会の住人である我々は「メディア・リテラシー」を基としたメディアに対する意識・理解を培う必要がある.そして,子供だけでなく大人までも魅了してやまない「現代の知的複合体」であるゲーム(エンタテインメント),世界的にも認められたこの「文化」と我々はどのようにして円滑に付き合っていくべきなのか,「遊び(エンタテインメント)」というものを歴史的考察から見直すことにし,情報化の進む現代のエンタテインメントに対する考察を行った.

ホームユースを目指したロボットの研究

早藤研究室 (指導 中津教授) 篠崎 邦耶

ロボットはリアルなコミュニケーションが図れることによって現実の社会や家庭の中で人々とコミュニケーションを行い、いわば社会の一員となることが可能である。本論文ではそのような試みの第一歩として、将来の家庭に入るべきロボット(ホームユースロボットと呼ぶことにする)の実現に向けた研究を3つに分けその結果を述べる。第一にロボットの設計では人とコミュニケーションするロボットには、全身を使った複雑な動作の実現が必要である。そのような柔軟な全身運動の可能なロボットを開発するためCADを利用し、無駄のない設計を行う。第二にダンスエンタテインメントの研究ではコミュニケーションは大きく分けて言語によるものと、非言語のものが存在する。非言語コミュニケーションはヒューマンコンピュータインタラクションデバイスとして、身体を持つロボットに必要な機能である。本研究ではエンタテインメントでありながら、日常動作を誇張した動作を表現に用いるダンスに注目する。第三にホームロボットの研究では携帯電話によるコミュニケーション機能(携帯端末からの音声、画像、インターネットを用いた通信)を有するロボットの可能性を述べ、その実現へ向けたロボットを開発する。但し、このようなロボットは機械のみの研究にとどまらず人間に対する研究にも目を向けなければならないため、今後さらに心理学や生物学など様々な考え方を取り入れなくてはならないと考えられる。

ポップス系ドラムの打点時刻及び音量とグルーブ感の関連について ―ドラム演奏の基礎モデル―

早藤研究室 奥平啓太

グルーブ感とはリズムに感じる生き生きとした表情のことであり,楽曲全体の 印象を変えるような重要な要素の1つである.ポップス系音楽におけるドラム の基本的な役割はテンポをキープすることであるが,スネア,ベースドラム, ハイハットのタイミング,音量の微妙な制御によってグルーブ感を表出してい る.筆者はタイトとルーズのグルーブ感を与えたプロのドラム演奏から,スネ ア,ベースドラム,ハイハットの打点時刻と音量を測定し,これらのグルーブ 感との関係を調べてきた.この結果,1)ゴーストノートを付加することで, 打点時刻は早まるということ,2)テンポが速くなると打点時刻の遅れが大き な値になること,3)ルーズの演奏はタイトの演奏に対し打点時刻が遅れる傾 向にあること, 4)タイトのグルーブ感を持つ演奏における連続するハイハ ットの打点時刻はやや相関があること,5)ルーズのグルーブ感を持つ演奏に おける連続するハイハットの打点時刻は強い相関があること,などを確認し た.本研究では,さらに,その分析結果をふまえてドラム演奏生成システム GrooveEdit を実装した.グルーブ感を表現,付加することを目的としたシス テムとしては,他に,steinberg 社の GrooveAgent 2 等のヒューマナイズ機 能があるが,そこでは,連続する打点間の相関(因果関係)は考慮されていな い.この事項によって生じる両者のグルーブ感の差がドラム経験者に関知され ることが確認された.

高品質音声分析変換合成法STRAIGHTを用いた歌声モーフィングに関する研究

早藤研究室  豊田健一

モーフィングとは,ある形状と別の形状との中間状態に相当する形状を生成す る技術である. 2 つの試料の中間状態を容易に制作できることや,現実には存 在し得ないような効果を生み出せるといった利点があり,映像メディアデザイ ン領域においては,モーフィングは既に実用レベルに達している.本研究で は,映像メディアと比べて技術開発が進んでいない歌唱を対象としたモーフィ ングシステムの初期的実装と認知評価を課題とした.具体的には,Vocoderベ ースの高品質音声分析変換合成法STRAIGHT を用い,歌声の声質と歌い回しそ れぞれに対してモーフィング率を設定し,それぞれを独立に操作する機能を実 装した.また,モーフィングを行う際には二つのサンプル間の対応点の付与が 必要となるが,スケールスペースフィルタリングを用い対応点候補をユーザに 提示するツールを作成した.以上の機能を利用し,2 つの歌声サンプルから, 声質,歌い回しのそれぞれのモーフィング率を変えて合成歌唱を生成し,それ らが2つの歌唱サンプルのうちどちらに似ていると判断されるかという事項に 関して聴取実験を実施した.今回,用いた試料からは,歌声の判断には声質が 重視されること,内挿のレベルに応じた判別結果は単調増加の直線として近似 できること,外挿した際にはどちらの試料に近いか判別が困難になること,な どが確認された.

特徴変換によるヒューマンモーション生成システムの構築と仮想空間への応用

早藤研究室 上野雅貴

コンピュータグラフィックス(CG)技術の発展により,様々な3次元CGコンテンツ が製作されるようになった.とりわけコンテンツの印象を大きく左右する人物キャラ クタのモーションが注目されている.しかし,ヒューマンモーションの生成には時間 とコストがかかる.また生成されたモーションの多くは編集や再利用することが出来 ない.そこでヒューマンモーションの編集や再利用が行える簡易生成システムが必要 とされている.

本研究は,モーションデータの解析と編集によって,多種類のモーションを簡易的に 生成するヒューマンモーション生成システムを構築し,コンテンツにおけるヒューマ ンモーション生成の効率化を図ることを目的とする.また,生成されたモーションの 仮想空間への応用として,情報統合システム「バーチャル神戸三田キャンパス」の開 発を行う.

本システムは,モーションキャプチャを用いてヒューマンモーションを解析し,主成 分分析によってモーションの特徴を抽出し,その特徴の変換を行うことによって新た なモーションを生成する.本研究によって,歩行モーションにおける性別特徴や幼児 歩行特徴などが主成分分析によって求められ,特徴変換によって新しいモーションの 生成が可能であることを示した.また情報統合システムに応用し有用性を確認した. これによりヒューマンモーション生成の効率化が達成された.歩行以外の動作の生成 も可能になれば,より広い汎用性を持つことが期待される.

プロセッサの命令セット拡張に対する ソフトウェア開発環境の自動構築

高橋和子研究室 永松祐二

特定の応用に対して, そのアーキテクチャを最適化することにより高性能, 低消費電力化を実 現したプロセッサをASIP (Application Specific Instruction set Processor) という. ASIP は近 年, 組み込み機器等への搭載が急速に拡大しつつある.

ASIP を用いる上での大きな課題がソフトウェア開発環境の効率的な構築である. ソフトウェ ア開発環境はアセンブラ, リンカ, 命令セットシミュレータ, コンパイラ, デバッガ等から構成 されるが, これら開発ツールはプロセッサのアーキテクチャに強く依存し, その開発には多大な 労力を要する. ソフトウェア開発環境の構築は, 一般に既存の開発環境をリターゲッティングす ることによって行われる. この際, アーキテクチャに関する情報はマシン記述を通して取得され るが, マシン記述を作成することは一般的に容易ではない. また開発環境のリターゲッタビリ ティ, すなわちマシン記述作成の容易さはその対応アーキテクチャ・クラスの広さとトレードオ フの関係にある.

本研究では幅広いアーキテクチャに対応しつつ, 自動でソフトウェア開発環境をリターゲッ ティングすることを可能とするシステムの構築を目標とし, その設計と実装を行った. 対象と するアーキテクチャは既存のプロセッサをベースに命令セットを拡張することによって設計さ れるASIP とし, 開発環境はGCC, Binutils, GDB, CGEN, NEWLIB を用いて構築する. これ らのソフトウェアはGPL, もしくはそれに似たライセンスの下で配布されており, 既存のプロ セッサのマシン記述を流用することが可能であるため, 多くのアーキテクチャに対応可能であ る. また, 拡張命令に対しては次の制限を課すことにより, ソフトウェア開発環境の自動構築を 可能としている.

  1. 汎用レジスタや特殊レジスタの数, 種類は変更しない
  2. パイプラインのステージ数の変更や演算器の追加は行わない
  3. 命令フォーマットの追加や変更は行わない

命令セットの拡張が上記の制限内であれば, 新たに設計されるプロセッサのマシン記述はベー スプロセッサのマシン記述に拡張命令の定義を追加するのみで作成可能である. GCC の拡張命 令定義はdefine peephole, Binutils, GDB の拡張命令定義及びそれにかかる変更はCGEN の dni を使用した. 我々はこの処理系を実装し, M32R プロセッサをベースに, 12 の拡張命令を追 加することによって設計される新たなプロセッサに対するソフトウェアクロス開発環境の自動 構築に成功した. また構築した開発環境がC コンパイラ用テストスイートで全てのテストにパ スすることを確認した. また各追加命令についても小さなC のコードをコンパイル, 実行し, 各 命令が確かに使用されていること, 正しく動作することの確認を行った.

ソフトウェア互換ハードウェアの高位合成における 関数呼び出しの扱い

高橋和子研究室 西口健一

近年, 半導体技術の発展によりLSI の集積密度が増大するにつれ, 大規模化する回路の設計 の効率化が重要な課題となってきている. 高位合成(High-Level Synthesis) は, プログラミング 言語などによる回路動作の記述からレジスタ転送レベルのハードウェアを合成する技術であり, LSI の効率的な設計の一手法として注目されている. 我々が開発を進めている高位合成システム CCAP (C Compatible Architecture Prototyper) は, ソフトウェアの一部を自動的にハードウェ アに置換して高速化, 低消費電力化することを目的としている.

本研究は, CCAP におけるソフトウェア/ハードウェア間, ハードウェア/ハードウェア間の関 数呼び出しの実現法を提案する. 関数呼び出しの引数と返り値のデータの受け渡し, および関数 の起動/終了の制御は, 主記憶に保存されるグローバル変数を利用して実現する. また, 関数呼び 出しに関連する演算の実行の効率化のために, 関数実行の待ち合わせを行う特殊な演算の導入 と, この演算を効率的にスケジューリングするための手法を提案する. 本研究により, ANSI-C で開発されたシステムの中の任意の関数を, ソフトウェアとして実行される他の関数から呼び 出せるハードウェアに合成することが可能となった. その際, 関数の引数にポインタを用いた参 照呼び出しも可能である. また, 合成実験の結果より, 本研究のスケジューリング手法は従来の 手法よりも少ない合計実行サイクルでスケジューリングできることを確認した.

GaAs-MBE成長機構における動的過程 〜GaAs(100)面における異なる準安定状態に依存した表面拡散種の競合過程〜

金子研究室 宮崎 憲一

GaAs(100)は、二元系材料であるため、蒸気圧の異なる二つの構成原子同士の複雑な競合機構が存在し、長年にわたり研究が行われてきた。しかし、実験や理論的な努力にもかかわらず、GaAs(100)上における成長過程という非平衡場における原子の物理的な反応機構はいまだ明らかでなく、従って原子レベルの集団運動(ミクロなカイネティクス)と、その結果生じる表面形態(マクロなカイネティクス)との因果関係を議論することも困難であった。本研究では、GaAs(100)上でのMBE成長に対して、従来とは異なるAs中心の成長機構解釈(従来はGaが主体)を得ることを目的とする。手法としてはMBE成長時のRHEED強度振動観察を行い、二粒子モデルからなるkinetic-Monte Carlo法を用いて実験結果に対応した原子レベルでの成長機構解釈を試みた。その結果、Asの基板結晶への取込過程が成長前の準安定状態に依存していることを見出した。Asの成長機構への関与とは、Gaと結合しGaAsを形成する過程、および表面再構成を形成する過程という競合過程の存在である。この競合過程は、表面のGa濃度に依存してどちらを優先するかが決定されるという特徴をもつ。以上より、表面のGa濃度により変化する準安定表面構造が、Asの結晶への取込過程に与える影響を明らかにし、マクロ構造につながる表面形態への影響を議論した。

GaAs-MBE成長機構における動的過程: -GaAs(111)B面における表面拡散種の競合過程と自己組織化構造発展機構-

金子研究室 松田一宏

MBE法を用いたGaAs成長機構に関する知見は、選択成長などを用いたナノ・マイクロ領域でのデバイス構造制御には必要不可欠である。しかし、GaAs成長機構は現在までV-X族化合物のMBE成長分野で最も詳細な検討がされてきたにも関わらず不明な点も多く、また、その知見からマクロ構造物の形成過程を解明するまでに至っていない。この原因として、我々は結晶中の表面構造が与える成長機構への影響に関する知見が十分でない事にあると考えた。しかし、成長表面は動的な非平衡場であるため、それを定量的に評価する事は困難であった。そこで、我々は一般的な表面評価法である反射高速電子線回折を用いながらも、GaAs(111)B面を用いることで、その物性的特徴、すなわち異なる安定構造間の大きなエネルギー差に着目することにより、成長表面の安定構造が顕在化され易いと考え評価を行った。実験は成長中の構造決定を行うに当たり、まず成長が起きていない表面構造に対する"その場"評価法を確立し、そこに成長前から成長中への遷移過程、および成長中から成長後への回復過程の構造変化過程を詳細に調べ、それらの結果を組み合わせることにより、間接的ではあるが極めて再現性の良い成長中の表面構造の決定に成功した。その結果、√19x√19からの成長表面が、その基本構成要素である六員環を被覆率15%に保持することを明らかにした。

MBE法を用いた表面原子拡散場による選択成長 〜GaAsテンプレート上のAlAs成長機構〜

金子研究室 橋本政樹

AlAsのエピタキシャル成長では基板表面でのAl原子の拡散長が極めて小さいことから、三次元構造のための選択成長を行うことはGaAsやInAsと比較して極めて困難であると考えられてきた。しかし、AlAs/GaAsの界面構造を有する三次元ナノ構造は量子デバイス化には重要であり、また作製手法として選択成長の可否を問う上でもAlAsの成長機構に関する知見が欠かせない。そこで本研究では、AlAs(001)成長中の表面Alの拡散制御を可能とする条件探索を目的に、表面再構成及びAs Fluxに依存した成長機構の解明を行った。実験ではRHEEDを用いた"その場"観察により、化学量論比を保つAlAs成長が可能な最小As Flux量を表面再構成との関連において初めて定量的に評価した。その結果、AlAs成長表面において、少量の過剰なAs吸着分子の存在がAlの表面拡散を大きく抑制することを明らかにした。また、以上の結果をAlの表面拡散機構が直接反映される三次元選択成長において検証するため、低温c(4×4)再構成表面、超低Asフラックスを用いた成長条件でAlAs三次元微細構造をGaAs(001)テンプレート基板上に成長した。その結果、均一なファセット構造と基板表面の平坦性を兼ね揃えた構造の成長を可能にした。超低Asフラックス環境により、Al原子の拡散長が伸びた事が最大の要因であると考えられる。

高温真空環境下における炭化珪素結晶表面ダイナミックスと形状制御

金子研究室  後藤 真之助

半導体炭化珪素(SiC)はSiデバイスの性能を凌駕する次世代材料として期待され、結晶成長研究が進展している。近年はデバイスへの実用化も進んでいるが、SiCのもつ化学的機械的安定性により、プロセスにはSiプロセス以上の高温が必要となり技術的課題は多く残っている。特にSiCウエハの表面クリーニングなど結晶表面の前処理技術は、Siプロセスで蓄積された技術の流用が困難である。そこで本研究では汎用性の高い、全く独自の高温真空環境下での新規表面形状制御技術を開発した。SiC表面処理における最大の課題は、表面からのSiの優先的脱離に起因する表面荒れである。我々はC蒸気のない高温真空環境下でSi蒸気を試料周辺に外部から供給することにより、表面荒れを抑制することに成功した。このときSiCの表面では、"SiC(s) + Si(v) → Si2C(v)"の反応が積極的に起きたと考えられる。そのためSiC表面からSiとCが均一に脱離すること(エッチング)によって、均一な微細ステップ構造が形成される。さらにC原子を外部から供給することにより、表面ではSiC成長が優勢になり脱離によって形成されたステップよりも大きなステップが形成されることを確認した。エッチングの場合は微細なステップが形成され、成長の場合は大きなステップが形成されることを利用し、目的に応じた表面形状を得ることができると考えられる。

MBE法を用いた表面原子拡散場制御による選択成長: ‐吸着型マスク機能を用いたGaAs三次元構造制御‐

金子研究室  鬼塚 康成

光・電子デバイスへ応用される化合物半導体の三次元微細構造の作製法として選択成長法が有望視されている。一般に用いられるMOCVD法とは異なり、化学種を成長原料に用いないMBE法では表面吸着原子の選択的脱離・化学反応が望めず、また拡散長が比較的小さいため、選択成長は従来困難と考えられてきた。我々の研究室では、真空一環プロセスとして、電子線直接描画法によるGaAs表面酸化膜改質、描画領域外の自然酸化膜の選択的熱脱離、その場MBE選択成長、からなるマスクレス・リソグラフィを考案し、GaAsを対象にMBE法による選択成長を次の方法で実証してきた。本研究は、電子線照射により改質されたGaAs表面上の酸化膜領域がMBE成長時の表面拡散原子に対して選択的"吸着型"マスクとして機能する機構解明を目的にしたものである。酸化膜に対して様々な電子線照射条件を変化させることにより改質し、成長に対して改質領域がどのように機能するかを検討した。その結果、マスク機能とは電子線の照射エネルギー量のみの単純な関数ではなく、単一線描画による改質領域内においても、吸着型および反発型の両マスク機能が存在することを明らかにした。我々は、改質された酸化膜中にわずかに存在するGa沈殿物と電子線との相互作用がマスク機能に影響を及ぼすと考えた。

金属タンタルの浸炭処理による炭化タンタルの相分離と浸炭層制御

金子研究室 内田昌宏

今日、超高温材料を利用することによって飛躍的な発展が期待されている分野が数多くある。その中で温度、圧力、雰囲気などの極限的な環境に耐えるなど、従来の材料では実現困難な要求性能を満足する新たな材料が必要となる。そこで我々は、機能性耐熱セラミックス材料としての用途も期待されている高融点材料TaCに注目した。TaCにはその蒸着薄膜が従来から工業的に用いられているが、薄膜のクラックや剥離が問題視されていた。それに対して、Ta母材への浸炭TaCは母材に対する接着性が良く応用が期待されるが、安定相として複数のδ-TaC1-X/ζ-Ta4C3-X/β-Ta2C1-Xが存在し、それらの形成に関わる浸炭機構(C原子の拡散機構)については言及されていない。我々はCの異種相間拡散機構の解明、およびバルクTaと表面TaC層との両特性が融合された傾斜機能材料開発を目的に研究を行った。浸炭処理には真空環境下にて金属Ta基材へ炭素蒸気圧を直接照射する手法を用い、さらに炭素蒸気圧を含まない高真空環境下でアニール処理を施した(二段階高温浸炭法)。アニールによりC原子の相間拡散にともなう全TaC浸炭層厚の増大化が観察されたが、この原因として相図上のδ相およびβ相がもつ許容C濃度揺らぎの存在を考えた。これらの結果から、拡散機構における動的相安定性に関する知見を得、また炭素吸蔵効果を有する傾斜機能を見出した。

Ga分子線パルス照射法を用いたGaAs表面酸化膜の改質機構とその評価

金子研究室 藤井敬久

GaAs基板表面に存在する厚さ約3nmの自然酸化膜(Ga-As-O)は、エピタキシャル成長開始前に熱脱離により除去されるが、そのとき基板自身との反応による表面荒れが問題となる。そこで、我々はGaAs-MBE環境下において、酸化膜に対してGa分子線のみの直接照射による二次元的な酸化膜脱離手法を考案し、またRHEEDを用いたGaの中断(パルス)照射を行うことで単原子層単位の酸化膜脱離反応過程について観察を行ってきた。しかし、いままでこれらの脱離反応は熱脱離反応が抑制される上限の基板温度(450℃)のみでしか観察していないため、酸化膜の熱的安定性を背景としたGaとの反応機構は明らかでなかった。本研究では、基板温度の異なるGaAs自然酸化膜(390〜530℃)、および、酸素または水を利用することで異なる酸化形態(厚み・組成)を持つ酸化膜を作製し、系統的な酸化膜構造の安定性およびGaAs結晶に対する酸化機構について考察を行った。実験には、MBE装置を用いてGaAs一分子層(ML)分に相当する量のGa分子線をパルス照射し、Ga照射量に依存したRHEED強度変化を"その場"観察した。その結果、酸化膜は熱的な脱離機構とGaとの反応を介した脱離機構との間に競合過程が存在することを明らかにし、さらに、酸化膜内部に存在するGa沈殿物が酸化膜の脱離反応を律速する新しい酸化膜脱離反応モデルを提案した。

高橋和子研究室 原田大輔

In this master's thesis, we studied on a mathematical model of real networks and developed a network analysis and drawing system.

First, we investigated the threshold model. We estimated the clique size and the number of edges in a graph generated by the threshold model. In addition, we proposed and analyzed a mechanism to generate a weight distribution of the model. As a result, we proved that the weight distribution converges to the geometric distribution. Furthermore, we showed that a scale-free network is generated by the threshold model whose weight distribution is the geometric distribution.

Next, we developed a network analysis and drawing system. The system contains a module which analyzes many properties of a large-scale network, a module which draws a easily viewable network, and a module which executes simulations on a network such as a virus spreading.

X線回折によるPHA系生分解性高分子薄膜の表面構造の研究

寺内研究室 森克仁

ポリヒドロキシアルカン酸(PHA)は微生物によってつくられる生分解性高分子である.代表的なPHAとして知られているポリヒドロキシブタン酸(PHB)は,高結晶性を有し,硬く脆いため工業的には成形性や機械的強度に弱点があった.近年,ヒドロキシヘキサン酸(HHx)とのランダム共重合体P(3HB-co-3HHx)が実用面で大変注目されているが,その耐熱性には依然として課題が残されている.本研究では,X線回折・表面散乱を用いてバルク及び薄膜表面の構造と融点近傍までの熱的挙動を調べた.あらゆる物質に存在する"表面"はバルクと異なる振る舞いを示すことが期待され,融解・結晶化などの物理現象を解明する際に,表面構造・表面モフォロジーを明らかにすることは本質的に重要である.膜厚数十nm程度の薄膜試料に対してX線回折測定を行った結果,表面に対して深さ方向に結晶学上のb軸が顕著に配向した構造であることが明らかになった.このことからバルク結晶による研究で示唆されている水素結合の存在を確認することができた.また,薄膜表面にはパッキングの異なる二種類のラメラが存在し,温度上昇に伴い準安定なラメラは比較的低温で安定なラメラに変化し溶融することが分かった.本研究で得られた結果は,結晶性高分子に観られるラメラ構造の表面固有の構造及び熱的挙動を反映していると推測される.

タンパク質の非天然状態とアミロイド線維形成‐重水素置換とNMR分光法による研究

瀬川研究室 木村 雅也

タンパク質の折りたたみ反応過程に現れるタンパク質の部分秩序構造を平衡状態として残基レベルの分解能で詳細に調べるために、S-S結合をすべて欠損させたリゾチーム0SS変異体をNMR分光法で研究したものである。部分秩序構造形成に対するグリセロールの効果に関して、本論文は2SS変異体と0SS変異体の結果を比較して研究を行った。30%グリセロールは0SS変異体にはほとんど効果を示さないが、2SS体になると部分秩序構造の安定化に大きく寄与することが明らかになった。この実験結果はS-S結合再生過程におけるグリセロールの効果と首尾一貫していた。著者はさらに、トリフルオロエタノール(TFE)という溶媒添加物の効果を研究した。この場合は0SS体にも2SS体にも同様の部分秩序構造が回復する。特に、リゾチーム分子の2つのドメイン間接触領域に形成される部分秩序構造が折りたたみ反応の初期に出現することの重要性を指摘した。一方、非天然構造にあるリゾチーム0SS変異体は高塩濃度、高タンパク質濃度でアミロイド線維を形成することが知られている。本研究は、アミロイド線維となる分子間会合体の シート形成に関与するアミノ酸残基の同定に成功し、リゾチームのC末端領域が会合体形成に伴って シート構造に変化する事を指摘した。

リゾチーム変異体を用いてS-S結合再生反応の初期過程を解析する

瀬川研究室 岡本 邦彦

本論文は、ポリペプチド鎖上のCystein残基間の近接によっておきるS-S結合再生反応の過程を追跡することによって、タンパク質の折りたたみ過程を研究するものである。そのような研究はすでに数多く行われてきたが、本論文のオリジナリティは、アミノ酸置換によってCys残基をAlaに置換した変異体タンパク質を用い、形成されるS-S結合を注目する特定の部位だけに限定して研究できる点にある。これまでは再生中間体のS-S結合異性体の数が非常に多くなり(とくに再生初期にはそれが顕著)、中間体を分離して解析する事が不可能であった。本研究においてはCys6、Cys64、Cys80、Cys127の4残基だけ残した変異体リゾチーム(2SS(1+3)変異体と呼ぶ)を用いているため、再生途中の中間体をHPLCカラム上で明瞭に単離する事が出来た。単離したタンパク質に架かるS-S結合の数と位置を質量分析計によって巧みに同定し、天然型、非天然型のS-S結合の位置を決定した。実験に用いた2SS(1+3)変異体は水溶液のままでは無秩序鎖の状態であるが、溶媒にグリセロール30%を共存させることによって、立体構造を回復することが知られていたが、それが本当に天然立体構造形成に寄与しているものかどうかは不明であった。本論文は、S-S結合再生の初期過程(1SS中間体形成などの)において、グリセロールがほとんど効果を示さないこと、天然型の2SS(1+3)リゾチームが形成される段階においてはじめて、その構造を安定化することによって天然型S-S結合体の再生効率を顕著に向上させる効果があることを立証した。

磁性コロイドの自己組織化のシミュレーション

澤田研究室   栗谷 圭一

磁性流体(磁性コロイド溶液)はこれまで多くの研究者が興味を持ち、 主としてバルクの構造や物性が研究されてきた。一方、当理工学部の 高橋研究室では、X線回折を用いて磁性流体の表面に現れる構造を解 析している。その結果、磁性コロイド粒子がクラスターを形成しており、 そのフラクタル次元が2よりもむしろ1に近いことを見い出している。 この実験に対応する理論的研究がこの論文の研究課題である。2次元 の系において、コロイド粒子間の相互作用として、磁気モーメント間 の引力と粒子間斥力を考慮し、粒子の並進運動と回転運動を考慮に入 れたBrown動力学シミュレーションを行った。144個の粒子系において 周期境界条件を課し、個々のコロイド粒子の軌跡を求めるため、Verlet 法を用いてLangevin方程式の数値積分を行った。その結果、熱的揺ら ぎのエネルギーに比べて磁気的相互作用が小さい(磁気モーメントが 小さい)場合は、磁気モーメントの方向はランダムに配置し、クラス ターが形成されず、粒子分布のフラクタル次元はほとんど2であった。 一方、磁気的エネルギーが大きい(磁気モーメントが大きい)場合は、 コロイド粒子が鎖状クラスターを形成し、フラクタル次元が1に近い という実験と一致する結果を得た。この系は、様々な条件のもとでシ ミュレーションを行えば、もっと様々な相が出現することが期待でき、 この研究で明らかになったのは、その一側面であろうと考えられる。

A mechanism for hole generation by octahedral B6 clusters in silicon

Hayafuji lab. Kengo Ohmori

The electronic structures and X-ray photoelectron spectra of silicon model with octahedral B6 clusters are investigated using first-principles calculations. It is found that the B6 clusters act as double acceptors in silicon and that the simulated chemical shift of the B 1s orbital signals of the B6 clusters in X-ray photoelectron spectra exactly coincides with the chemical shift of B 1s experimentally observed in as-implanted silicon at an extremely high dose of boron. These results reveal that the B6 clusters are the origin of hole carriers. We propose a mechanism of hole generation and a physical model of B6 cluster formation at implantation-induced divacancy site.

Particle size dependence of critical thickness on ferroelectricity in BaTiO3 by ab initio calculations

Hayafuji Lab. Keisuke Ishizumi

Ferroelectric materials have been extensively studied for using in gate capacitors of non volatile memories. Ferroelectric material exhibits spontaneous polarization, which can be reversed by applied electric field. Typical ferroelectric materials used for memories have perovskite crystal structures such as BaTiO3. For applications, ultra thin films of these materials are required, but ferroelectricity is disappeared at a certain nano scale size of materials. Their critical size has not been understood well by experiments yet. From this perspective, size effects of the critical thickness of nano scale BaTiO3 are investigated using ab initio molecular orbital method and population analysis. A series of models composed of a Ba8Ti7O6 cluster and point charges surrounding the cluster are employed for calculations of the electronic structures of the BaTiO3, with the size of the model defined by the size of the point charge array. Results of the calculations show that the critical thickness of nano scale BaTiO3 decreases with decreasing basal area of the rectangular particles.

二者間における安全な計算に関する研究

高橋和子研究室 麻植一聡

安全多人数計算は,複数の参加者がそれぞれの入力を明かさないようにしてその入力に対する所望の関数値を正しく計算する手法であり,電子投票やネット上でのポーカーなど幅広い応用が存在する.しかし,安全多人数計算の一般的な手法を各応用に対して直接適用すると計算量および交信回数が多くなり効率が悪くなるという欠点をもつことが知られている.そこで,個々の応用に必要な関数に特化した効率の良い計算手順を与える研究が行われている.

本研究においては,二者のもつ情報を入力とする安全な計算として,以下のような秘密交渉の問題に着目する.

「売り手がもつ商品の複数の項目に対して,買い手はそれぞれある要求を持っている.このとき買い手の要求が満たされている項目の個数がある閾値以上であるかどうか,互いに自分の情報を明かさないようにして調べたい.そのような秘密交渉を実現するためにはどうすればよいか?」

この問題を解決する手法として,二者アリスとボブの入力を整数ベクトルとしたとき,要素間の大小関係に対して,アリスの要素が対応するボブの要素より大きくなる組の数が,ある閾値以上である場合に限り,その個数が一方に伝わるという計算手順を提案する.提案する計算手順は,二者間において効率良く安全に計算を実行することが可能であり,第三者を計算に加える必要がない点と秘密交渉における閾値を任意に設定できる柔軟性を有する点が利点である.

A formation mechanism of X level due to a indium-carbon pair in silicon

Hayafuji lab. Hiroyuki Kawanishi

We investigated the formation mechanism for a shallower acceptor energy level called an X level that is due to an indium-carbon pair. Electronic structure calculations were performed using the Discrete Variational (DV) - Xα molecular orbital method. The VASP program was used to calculate lattice relaxation. The following results were obtained. The X level consists mainly of the 5p orbitals of the indium and the 3sp orbitals of the three silicon atoms directly bound to the indium atom (SiIn). Therefore, the interaction between the 5p orbitals of the indium atom and the 3sp orbitals of the SiIn mainly determines the ionization energy of the X level. Moreover, the ionic bonding interaction of the carbon atomic orbitals with the indium atomic orbitals results in the covalent bonding interaction of the orbitals between the indium atom and the SiIn due to the reduction in the energy difference between the 5p atomic orbital energy of the indium and the 3s and 3p atomic orbital energies of SiIn in the cluster. As a result, a shallower X level is formed.

定性空間推論における新しい枠組みの提案

高橋(和)研究室 住友孝郎

本研究は定性空間推論における空間の表現方法であるPLCA表現についてのもの である.

PLCA表現は,二次元平面上の図形に対して,座標を使った数値データではなく, 点,線,閉路,範囲に分解してそれらの関係で表す離散的なもので,特に,従 来の定性空間推論手法で問題のあった領域間の接し方をうまく扱える.このた め接し方のみを取り扱う問題では座標や形状の情報にかかわることなく解くこ とができる.

本研究では二つのPLCA表現の等価性を定義し,等価でないもの同士を互いに変 換するアルゴリズムを提案して実装する.また,PLCA表現と二次元平面上の図 形との対応を示し,ある条件を満たすPLCA表現から二次元平面上の図形を描く アルゴリズムを提案する.これによって,PLCA表現が二次元平面上の図形デー タに対する記号表現として妥当であることを示す.さらに,PLCA表現は1階述 語論理による表現と対応することから,専用のプログラムを用意することなく, 既存のデータベースと容易につなぐことができる.応用例として論理型プログ ラミング言語 Prolog のデータベースとしてPLCA表現を与え,Prolog の推論 機構を利用した推論システムを構築する.

以上により,PLCA表現は定性的に空間を扱う新しい枠組みと考えられ,これに 基づく手法やアルゴリズムの開発が期待できる.

博士論文

X線反射率法を用いた不安定なポリスチレン超薄膜に現れる構造の研究

高橋功研究室 北原 周

本研究は高分子超薄膜の形態とその安定性を研究した.試料にはSi基板上に汎用プラスティックの1種であるポリスチレンをわずか1分子層程度で基板上に形成したものを用い,X線回折によって形態評価を行った.今までに無い新しい高分子の製膜法と,その薄膜形成過程をまとめた.

本研究で用いた高分子であるポリスチレン(PS)は直鎖状のコンフィグレーション(1次構造)を有しており,結晶化することは無く,バルクではランダムコイル状態である.重合度によって,自身の大きさを特徴付ける慣性半径は大きくなる.本研究で用いた試料の慣性半径は20から200Å程度である.

本研究で考案する製膜法は,慣性半径よりも十分に小さい薄膜を溶媒フリーな環境でSi基板上に作製できる方法である.作り方は,基板上でPSをガラス転移温度(〜370K)以上でアニールし,冷却後基板上に張り付いているPSの塊を取り除く.しかし,PS塊を取り除いてもなお基板には微量なPSが膜状態で残る.この超薄膜を非破壊・非接触のin situ測定で構造を評価するためにX線反射率法を用いた.実験は放射光施設,KEK-Photon Factory,を利用しており,そこでの実験結果とモデルフィットによって,Åオーダーの微細な構造決定を可能にした.

本研究で用いたPS分子の製膜直後の注目すべき特徴は,1つ目に,バルクに比べて大きな自由体積を有していて,容易に形態が変わる不安定な吸着構造である点.2つ目に,バルク溶融状態を基準とすると5-6割程度と基板への被覆率が低い点である.この試料を昇温変化させると,この大きな自由体積のために,ガラス転移点以下の低温からも,分子鎖は容易に形態変化(分子鎖の再配列)が可能である.また同時に,本製膜法ではPS分子鎖は基板鉛直方向に引き伸ばされた状態にある.昇温によって,これら引き伸ばされた分子鎖は収縮し,基板へ吸着するため低かった被覆率は温度の増加に伴って高くなる.被覆率はガラス転移温度以上,400Kまでの昇温に対して比例的に増加し,400Kからの急冷後には9割にも達した.

従来のスピンコーティングを用いた製膜法によるPS薄膜は100Å程度の薄膜化により,Si基板上では面内の分子鎖の収縮によりdewettingすることが知られている.しかし,本試料においては基板への吸着,すなわち薄膜面外の収縮が優先的に起こり,薄膜面内の収縮過程はほとんど確認できなかった.またこの薄膜は,分子量にほとんど寄らず昇温後に膜厚は20Å程度で極めて薄く,熱に対し安定な薄膜であった.製膜行程を溶媒フリーなドライ工程にすることで高分子薄膜の安定化が可能であることが分かった.さらに,ガラス転移等の温度に関する特異性は認められなかった.その原因として,基板への吸着が強く,1分子内の多くの分子鎖が基板に吸着しているため分子運動が制限され,ガラスとしての物性や高分子のバルク物性が凍結することを提唱する.本研究のような不安定な高分子薄膜の微細な形態変化の測定は,他の解析手法では困難であり,非破壊・非接触のX線回折のin situ測定で初めて明らかにされた.