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2001年度 博士論文・修士論文の要旨

修士論文

DAFSによるスピン梯子系化合物Sr14-xCaxCu24O41の局所構造解析

寺内研究室 東 勇介

S=1/2のスピンが梯子上に反強磁性的に配列した物質をスピン梯子系物質という。その代表であるSr14-xCaxCu24O41は(Sr/Ca)2Cu2O3梯子・CuO2鎖が積層した構造をもつ複合格子である。近年、高Ca濃度試料において圧力誘起超伝導の発現が報告され、これは従来の高温超伝導の舞台である2次元Cu02面とは異なる格子系で超伝導発現が可能であることを実証した点で興味深い。

この系における超伝導は梯子層が担っており、高Ca濃度かつ高圧下において発現する。しかし、いまだその超伝導メカニズムは明らかでない。その大きな理由として鎖層と梯子層の分離が難しいことがあげられる。

スピン梯子系化合物の超伝導と結晶構造の関係を知るには、梯子層のみの局所構造解析が重要となる。そこで、回折法とXAFSをドッキングさせた新しい局所構造解析手法であるDAFSを用いることで、基板と薄膜、薄膜の梯子層と鎖層を分離した局所構造解析を行った。

その結果、特に吸収端近傍においてCa濃度に依存した変化が観測された。この特徴から、Sr14ポQ 疋池40 41が高Ca濃度でのみ超伝導が実現するのは、梯子層と鎖層との距離が十分に近づき、梯子層Cu原子が平面4配位に加え、鎖層O 原子を頂点とするピラミッド型5 配位構造を形成していることが考えられ、これが鎖層から梯子層への正孔の輸送経路となっているためと予想される。

光合成光化学系正における水分解系のSO状態の生成と、偶数酸化状態のMn-YD間のEPRによる距離決定

河盛研究室 荒尾 幸子

PS II内の酸素発生系におけるS0, S2, S-2状態を、spinach PS IIとcyano bacterial PS IIの2種に対し生化学的還元及び光励起を施すことにより生成した。また、各々の酸化状態におけるMnのスピンセンター位置の移動をEPRにより観測した。

spinach PS IIにおけるS0状態に対しては、NH20H・HClにより還元することで生成し、その定量を行ったところ最高収量は約35% であった。一方、cyanobacterial PS IIにおけるS0状態は、SI状態のサンプルに3発閃光照射することにより生成した。得られたS0状態の信号は2400G にわたる約19本のラインから成り、PELDOR(Pulsed Electron eLectron DOuble Resonance)法によると、Mn錯体のスピンセンターとYD間の距離は34.0±0.5Åであった。また、S2状態においてはMnのスピンセンターとYD間の距離は約33.0±1.0Åであった。

S2状態に対しては、どちらのPS IIにおいても200Kで定常光照射することにより生成した。S2状態のEPR信号は1800Gにわたる約16本のマルチラインを示し、またS2状態のMnスピンセンターとYD間距離を27.0±0.5Åと決定した。この値はcyanobacterial PS II においてもほぼ同一であつた。

力ロテノイドにおける一重項励起子の緩和過程

渡辺研究室 磯部 良江

緑色植物中において、CarはChlの吸収できない太陽光の幅射分布の最も高い500nm付近の光を効率良く吸収し、Chlヘエネルギーを伝達していると言われている。しかし、Carに対しChlは680nm付近の光を吸収し、その間のエネルギー差があまりにも大きいため、それらの準位間を補完するCarの別の状態が関与していると考え、その結果、この状態(21Ag-)の存在が明らかにされたが、Carの蛍光を詳細に調べると、21Ag-の他にこれとは別のもう一つの状態の存在が浮び上がってきた。この状態が理論的に予測されている光学的禁制の1Bu-である。

本研究は、この1Bu-状態の存在を明らかにし、1Bu+1Bu-の発光効率の共役二重結合数N依存性からCar, Chlの緩和過程の考察を行い、さらに、1Bu-発光の起源を追求しようというものである。

1Bu-発光の存在は、1Bu+発光に埋もれているとの仮定をもとに波形分析を行い、これを見出した。一つの試料では、弱いながらも吸収スペクトルとして観測された。

発光効率から、Car-Chl遷移の初期過程である1Bu+1Bu-遷移の確率は高く、特にCarからChlのQx準位ヘの遷移を助けていることが分かった。1Bu-状態へのエネルギー転移は、1Bu+だけでなく、1Bu+より高位の状態もまた関与していると思われる。

ランダムコイル状態にあるリゾチーム0SS変異体のNMRスペクトル - 主鎖NH 、CαH共鳴周波数の帰属

瀬川研究室 小田 尚樹

これまで瀬川研究室では4本のS-S結合を持つ天然のリゾチームのS-S結合を徐々に欠損させた変異体を作製して蛋白質の折りたたみ中間体の構造解析を行ってきた。これらの研究から、2本のS-S結合を欠く2SS変異体が秩序構造保持のための臨界状態にあって、それ以上S-S結合を欠損させると、分子全体が無秩序鎖状態になることが分かってきた。ランダムコイルといっても完全なランダムではなく、おそらく局所的には一群の残基がクラスターを形成して部分的秩序構造を保持していると想像される。S-S結合をすべて失った0SS変異体から出発して、徐々にS-S結合を付加していくとどの部分に変化が起きるかを原子レベルの分解能で測定することが本研究の目的であった。はじめにOSS変異体のNMRスペクトルを観測し、交差ピークの帰属を行う必要がある。著者は、15N でラベルしたリゾチーム0SS変異体を作製し、ピーク帰属のために15N軸でさらに展開した3次元NMRスペクトルの測定を行ったが、溶媒にUreaを共存させないとピークがブロードになって良好な3次元スペクトルが得られなかった。そこで著者は、8.0M Urea共存下で3次元測定し、ピークの帰属に成功した(129残基中109残基)。その後、Urea 濃度を徐々に減少させて2次元HSQCスペクトルを追跡し、最終的に0.0M Urea中でのピーク帰属を成功させた。ピーク帰属が当初の主目的であったが、Urea濃度変化による共鳴周波数の移動を解析してみると、ピークシフト量と鎖の局所構造形成能に相関関係がありそうな興味ある測定結果が得られた。

MBE法によるBi層状構造強誘電体Bi4Ti3O12単結晶膜の作製と評価

寺内研究室 櫻本 恵士

Bi層状構造強誘電体は、分極反転に伴う疲労が本質的に少ないという特長を有していることから不揮発性強誘電体メモリ(FRAM)材料として優れていると期待され、デバイス応用の分野で大変注目を浴びている。また、本物質群はデバイス応用のみならず、その特徴的な構造と誘電物性の関係を理解する上でも非常に興味深い物質であると考えられる。

本研究では代表的なBi層状構造強誘電体であるBi4Ti3O12の単結晶薄膜を分子線エピタキシー(MBE法)によりSrTiO3(001)基板上に作製し、その構造及び物性についてX線回折実験、誘電測定の手法により調べた。X線回折実験の結果からBi4Ti3O12膜は単結晶成長しており、また基板効果により膜の格子定数は面内方向に伸張され、成長方向に圧縮されていることが確認された。そして膜厚が厚くなるにしたがって、各格子定数はバルクの値に近づき、格子歪みに緩和がみられた。

C-V(静電容量-電圧)履歴曲線の測定からBi4Ti3O12の強誘電性を確認するとともに、履歴曲線の中心が正電圧方向にシフトするという結果を得た。これは基板効果により基板近傍には分極反転しにくい、あるいはしない層が存在するためであると考えられる。また、静電容量の温度変化実験から基板効果によリバルクの相転移温度よりも約55℃高温側にシフトしたブロードなピークが約730℃に観測された。

X線回折による形状記憶合金の表面構造変化と表面効果の研究

高橋功研究室 島津 裕充

マルテンサイト相変態とは、原子の拡散を伴わず一定の方向関係を保ちながら連携的に変態が進む典型的な1次相転移である。変態を示す物質の多くは形状記憶効果を示し、これらの物質は高温層から低温相への相転移の際にバリアントを形成し、それに伴いドメインを形成する。そしてこのドメインの形成から表面起伏の生成を引き起こす。このようにBulkと表面の構造変化は密接に関係しており、この関係の理解を深める事により構造変化の更なる理解ヘつながっていくと考えられる。

そこでマルテンサイト相変態を示す代表的な物質であり、形状記憶効果やゴム弾性、そして転移前駆現象など、マルテンサイト相変態に付随する興味深い現象の全てが理想的に現れる金カドミウム合金についてX線を用いて測定を行った。測定は表面の情報を得ることができるX線反射率、Bulkの情報を得ることができるBragg反射を行った。その結果、反射率ではマルテンサイト相変態に伴う大きな強度変化が観測されなかった。またBragg反射に比ベマルテンサイト逆変態の終了温度が低かった事や、常温で14日間放置した後、変化が観測された事など興味深い変化を示した。このような反射率の変化から表面近傍に格子不変変形の双晶が存在することが推測される。また反射率の緩慢な時間変化から、表面がマルテンサイト相変態において構造相転移にネガティブな役割を果たしており、形状記憶効果やゴム弾性などの現象に寄与することが推測される。

Lagrange補間作用素のノルムの評価について

北原研究室 清水 文浩

関数近似の多くは、関数空間(C [a,b], ‖・‖)における近似からはじまっている。特に多項式近似の歴史は古く、関数近似の基礎を与えている。そして今でも新たな課題を提供し続けている分野である。本研究では多項式近似の一つであるLagrange補間について、その作用素のノルムを評価しノルムの最小性について研究した。

過去において、(C [-1,1], ‖・‖)から(C [a,b], ‖・‖)への補間作用素についての研究が行われた。その結果、どのような標本点列に対しても、作用素のノルムは+∞に発散することがわかっている。また、任意のf∈[1,1] に対して、その補間多項式の列がfに収束するような標本点列が存在することがわかっている。さらに、作用素のノルムの最小性に関する予想問題が証明されている。

本研究では、近似関数全体が作る関数空間に定積分を使ったノルムを導入し、(C [-1,1], ‖・‖)から(C [-1,1], ‖・‖I)への補間作用素のノルムについて議論した。その結果、直交多項式の零点を標本点とする補間作用素において、密度関数をωとすると、1/ωが[-1,1]において積分可能ならば、任意のf∈C[-1,1]に対してその補間多項式の列は、‖・‖Iの意味でfに収束することがわかる。さらに、作用素のノルムが十分小さいと予想される第2Chebyshev多項式の零点を標本点とする補間作用素のノルムの評価式を導いた。その結果、第2Chebyshev多項式の零点は補間に適した標本点であるとわかった。

最良一様近似とそのアルゴリズムについて

北原研究室 下平 佳彦

最良一様近似を求めるための代表的なアルゴリズムとして、離散化法、ルメの第一アルゴリズム、ルメの第ニアルゴリズムがある。特に近似関数空間としてハール系を使用した場合は、ルメの第ニアルゴリズムは効率がよい。ただ、2変数以上の連続関数の場合には、このルメの第ニアルゴリズムは使用することができず、離散化法、またはルメの第一アルゴリズムを使用することになる。しかし、2変数以上の関数に対して、これら2つのアルゴリズムはあまり効率がよくない。その理由として、「近似関数空間としてハール系を使用することができない。」「アルゴリズムの計算サイクルが増えるにしたがって、各サイクルごとの計算量も増えていく。」などが考えられる。1 つ目の問題は解決できないことがわかっており、これがルメの第ニアルゴリズムが2変数以上の連続関数に対して使用できない理由でもある。そこで本論文では、2つ目の問題である計算量の増加を抑えることができるような、上昇アルゴリズムという計算法を利用したアルゴリズムを考え、どのような条件下でこのアルゴリズムが有効となるかについて研究を行なった。ただ、このアルゴリズムはどんな近似関数空間でも実行可能なわけではない。そこで、この実行可能を保証するために近似関数空間として新しい関数系を定義し、その関数系に関するいくつかの命題を示した。

ULSI用電極材料チタンシリサイドの構造相転移

早藤研究室 高井 健一

論理LSIでは、低抵抗、熱安定性そして加工工程との相性の良さから、TiSi2が電極材料として広く利用されている。TiSi2形成において、Si結晶上にTiを堆積した後、TiSi2の結晶成長のために短時間アニール法が広く用いられている。その工程において550〜700℃で準安定な高抵抗相C49相が最初に形成され、続いて行われるより高温の750〜850℃で安定な低抵抗相のC54相が形成される。電極の微細化が進みデザインルールが0.15μm以下となると、従来のアニール温度850℃ではC49相を完全にC54相に相転移させることが出来なくなり、相転移させるにはより高温での処理が必要となる。現在より高い温度での高温処理はゲート酸化膜耐圧の劣化を招くため採用され難く、相転移温度の低下の実現が課題となっている。

本研究の目的は、2元系ダイシリサイド(MSi2)および擬似2元系チタンシリサイド(MxTil-xSi2)に対する結晶構造マップを作成し、C54 TiSi2への相転移温度を低下させるための擬似2元系チタンシリサイドを提案することである。DV-Xα分子軌道法を用いて、2つの電子パラメーター;結合次数と平均のd軌道エネルギーくMd>を求め、MSi2および出発材料であるTiSi2に第3元素を添加したMxTii-xSi2に対する結晶構造マップを作成した。は、原子間の共有結合の強度の基準であり、は、原子の電気陰性度および原子半径と密接に関係がある。その構造マップに基づき我々は、TiSi2の相転移温度よりも低い相転移温度を備えたMxTii-xSi2を予言する。

光合成色素における三重項励起子緩和過程

渡辺研究室 田口 登喜生

光合成系において、カロテノイドは光捕獲と共に光保護の作用を担っており、この光保護作用に関与するカロテノイドの励起三重項状態についての知見を得ることは急を要する課題となっている。

近年、共役二重結合数N=9、10のカロテノイドを含むアンテナ色素蛋白複合体LH2において〜1.4μmの極微弱な発光が観測されており、本研究では、さらにN=11のカロテノイドを含むLH2まで測定対象を拡げることで、それらのシグナルが燐光であることの確証を得ようと試みた。加えて、発光減衰曲線の詳細な解析、発光量子効率の測定より、バクテリオクロロフィルおよびカロテノイドの三重項励起子の緩和過程に関する知見を得ようとした。

フォトルミネッセンスの手法を用いた発光スペクトル測定の結果、Rb.sphaeroides G1C およびRb.sphaeroides2.4.1のLH2(それぞれall-trans neurosporene(N=9)、spheroidene(N=10)を含む)において得られた〜1.4μmの両発光スペクトルと、Rs.molischianumのLH2(all-trans lycopene(N=11)を含む)において得られた発光スペクトルには明らかにN 依存性がみられ、カロテノイドの励起三重項状態による燐光であることが明らかになった。

また、単一光子係数法による発光寿命測定の結果からは、励起三重項状態の消滅過程として、三重項励起子間相互作用によるTriple−Triplet Annihilationの存在が示唆された。さらに、LH2内で三重項励起子を生成するに至る一重項エネルギーの予想される2つの伝達経路について考察を加え、カロテノイドの11Bu+準位からBCh1のQx準位を経る過程の優位性を、準位間の量子効率をもとに議論した。

KCl濃度勾配存在下におけるリン脂質2分子層膜のドメイン構造

加藤研究室 中沢 寛光

生体膜に含まれる代表的リン脂質の1つであるDSPCの多重層ベシクルは、純水中で熱相転移を起こすことが知られている。KCl水溶液中で多重層ベシクルを作製すると、そのDSCサーモグラムにおいて、ゲル相からリップル相への転移(Pre転移)と、リップル相から液晶相への転移(Main転移) 以外に、Main転移の低温側に小さな転移ピーク(Main*ピーク)が出現する。このMain*ピークの出現に関わる構造変化は未だ解明されていない。本研究ではこのMain*ピークの出現メカニズムを解明すべく様々な実験を行った結果、いくつかの興味深い実験データを得ることに成功した。まず溶液条件を変化させ熱測定を行ったところ、Main*ピークだけでなくPre転移に対応するPre*転移が出現していることが明らかになった。これは2つのドメイン共存を示唆しているが、さらに我々はこれら二つのドメインがリップル相を取る温度範囲を完全に分離することに成功し、これを用いてX線構造解析と電子顕微鏡観察を行った。X線回折実験では2種類の層間隔ピークが現れたが、このうちPre*、Main*温度で変化を示すのは一方だけであるのに対して、PreとMain転移では両方のピークが変化していることがわかった。また同様の試料を用いて凍結割断電子顕微鏡法による膜表面の構造解析を行ったところ、異なる二つのドメインは同一膜面内で側方に共存して いることを示唆するデータが得られた。これらの結果に基づいてMain*転移の出現機構について検討した。

半導体結晶成長表面の動的不安定に関する研究

佐野研究室 三原 啓司

半導体化合物は大きく分けて元素半導体・化合物半導体の2種類に分類することができる。それぞれの特徴として元素半導体は微細加工が容易であるのに対し、化合物半導体では微細加工は困難であるが、優れた物性特性を示す(光デバイス・超高速デバイスetc.)。本研究では成長プロセスに関して化合物半導体の微細化の妨げとなっていた、動的不安定性の解明を目的として実験を行った。研究対象としてはV-X族化合物半導体であるGaAs(001)を用いた。そして、分子層レベルで結晶成長制御が可能なMBEプロセス中の非熱平衡下にある半導体表面が持つ構造不安定性を、RHEEDによりその場観察した。

本研究により、基板表面にAsを供給した状態にて、基板温度の上昇・下降のみで微傾斜基板上にステップバンチングが生じることを見出し、また、基板温度一定の状態で表面再構成がある周波数を持ち、ゆらいでいる現象を初めて明らかにした。

これらの現象は、基板表面が非平衡系であるために生じた散逸構造に起因したものであると考えられ、この散逸構造の発生によリマクロ的な構造不安定性が生じていると結論付けた。また、非平衡と熱力学ブランチの境界をAs量・基板温度・時間的基板温度変化の観点から明らかにした。本研究は未開拓の研究分野であった化合物半導体上の非平衡・熱平衡制御に関する知見を初めて得たもので、今後のナノ構造制御に向けて新たな可能性を示すものである。

NMR分光法によるリゾチーム2 SS変異体の構造解析一蛋白質折りたたみ中間体の構造

瀬川研究室 宮内 弘世

蛋白質の折りたたみ反応経路を調べるために、折りたたみ中間体の構造を原子レベルの分解能で詳細に調べることが長い間待望されてきた。蛋白工学的手法を用いるとCys残基をAlaあるいはSer残基に置換することによって、特定のS-S結合を欠損させた変異体蛋白質を作製することができる。これらをS-S結合再生反応という折りたたみ反応中間体に対応する試料とみなすことができる。これまで瀬川研究室では特定の1本のS-S結合を欠く、4種のリゾチーム3SS変異体の構造解析が行われてきたが、3SS変異体の場合は欠損したS-S結合近傍の局所構造が一部柔らかになった程度の構造変化しか見られなかった。そこで、本論文では2本のS-S結合を欠損させたリゾチーム2SS変異体の構造が検討された。Cys6-Cys127とCys30-Cys115という2本のS-S結合を残した2SS[6-127,30-115]変異体と、Cys64-Cys80とCys76-Cys94を残した2SS[64-80,76-94]変異体という2種類の2SS変異体が研究された。15Nでラベルされたリゾチーム変異体を用いて、3次元のNOESY-HSQCスペクトルを測定し、空間的に近接するプロトン対(0.5nm以内)を網羅し、蛋白質の空間構造を解析した。その結果、2SS[64-80,76-94]変異体ではポリペプチド鎖がほぼラングムに折りたたまれた無秩序鎖状態にあることが分かつた。一方、2SS[6-127,30-115]変異体では、残基1-39と残基88-129から成るαドメインがほぼ天然構造に近く折りたたまれ、残基40-87のβドメインが大きく解けた構造をしていることが明らかとなった。

緑藻C.ellipsoideaのスピンラベルEPR法による研究とNOラジカルによる光化学系Uの還元

河盛研究室 山田 修嗣

微細藻類は大気CO2濃度で生育すると無機炭素濃縮機構(CCM)を発現し、数%の高CO2環境で生育すると、CCMの発現が抑制されることが知られている。前半の実験では、微細藻類C.ellipsoideaの野生型と高CO2環境でもCCMを発現する変異体を用いて、スピンラベルEPR法から細胞の流動性、体積、光照射下と暗所における細胞の活性もまた測定した。活性度の測定からは、5% CO2とair環境で生育された野生型及び変異体細胞4種の中で、野生型air下成長細胞が最もTEMPONEを還元する活性があり、CO2不感受性細胞は生育環境にかかわらず類似した結果を示した。よって、細胞は外部CO2環境の濃度を感受して、CCMを発現することにより、細胞膜の流動化、光照射下及び暗所における綱胞内のTEMPOME還元レベルの上昇を引き起こすと考えられる。また別の測定からTEMPONEの還元は細胞内のアスコルビン酸の濃度を一部反映しているという結果も得られた。

後半の実験では、NOガスを用いてほうれん草から抽出したPSUのMn-clusterを還元することにより、非生理 的状態であるS-2状態を生成し、そのEPRスペクトルを観測することによってS-2状態のスピン中心を調べることを試みた。S-2状態は、S0, S2, と同様にS-2multiline signalを示し、今回その信号を指標にして効率よくS-2を生成することもまた試みた。

補間による画像の修正

浅野研究室 粟井 秀行

数学的にいえば、補間というのは関数f(x)のn+1個の点における値をf0,f1,・・・,fnとしたとき、他の点における値を別の関数の値で代用することである。計算機において、静止画像は画素ごとの階調を値とする2変数関数で、動画は時間軸を含めた3変数関数で表されるので同様に補間問題が成り立ち、画像の圧縮、傷の補正などさまざまな応用がある。ところが実際の画像で補間をする場合、失われた部分を滑らかに繋くことが却って不自然な補間になることもある。補間する部分の前後に繰り返しのパターンが見られる場合である。このような画像の一部が何らかの原因によって情報が失われていれば、それを補うために情報の失われた領域の前後を滑らかに繋くよりは繰り返しのパターンを同じ周期で延長して用いたほうがより自然な補間になる。

画像の中に繰り返しのパターンが見られる場合、ある極小領域の画像と類似した画像領域がその領域の近くに存在することになる。そこで、まず、情報の失われている領域の近傍にある特徴的なパターンを含む領域を指定し、同じ大きさの領域を画像全体から取り出す。それを元の領域との類似度を数値化して比較し、類似度の高い領域を繰り返しの領域として検出し、元の領域と類似度が高い領域として検出された領域との位置の差をパターンの周期とし、そのパターンを延長して用いることで補間領域に元々存在していたであろう模様を再現する方法を考案し、実現するプログラムを作成した。

Sunyaev-Zel'dovich効果

楠瀬研究室 玉置 真人

Sunyaev-Zel'dovich(スニヤーエフ・ゼルドビッチ)効果とは、宇宙マイクロ波背景放射(CMBR)を、銀河団中の高温電子が逆コンプトン散乱することによって引き起こされるCMBRスペクトルのゆがみのことである。宇宙は初期に高温高密度の状態から膨張を始めた。膨張を続ける宇宙ではやがて光子と電子の相互作用が切れる時期をむかえた。このときまで光子は電子と同じ温度の黒体放射のスペクトルに従っていたが、相互作用が切れたため光子と電子の温度が異なるようになった。そして現在、光子のスペクトルは約2.7Kの黒体放射のスペクトルに従っており、これを宇宙マイクロ波背景放射と呼んでいる。一方、銀河は多数集まって銀河団を形成している。遠方にある銀河団の観測から、銀河団にはX線を放射する高温ガスがあることが知られており、温度は107K以上ある。この高温ガスがCMBRを散乱し、スペクトルを変化させている。この論文ではこの効果についてこれまでに得られた成果をまとめた。特にその応用としてHubble定数の測定方法について詳しく述べた。電波によるSunyaev-Zel'dovich効果の観測とX線による銀河団ガスの観測を組み合わせることによって、銀河団までの距離を知ることができる。そしてこの距離をもとにして、Hubble定数を決定することができる。この方法は、遠方の銀河までの距離を求めるとき、途中の天体までの経験的に得られた距離を使う必要がないので、Hubble定数の測定にとって重要な方法である。しかしこの方法には銀河団内の温度分布や密度分布などのモデルに依存するという欠点がある。この論文では、こうした問題点についても考察した。